Issue 026 小暮香帆
ほどかれる波、境界、あわい
photography by Chikashi Kasai
interview by Ayae Takise (Seen Scenes)
国内コンテンポラリーダンスシーンを牽引する若手ダンサー、小暮香帆。華奢な体つきと淑やかな存在感から繰り広げられるダンスは、ある時はそよ風が吹く草原のようにしなやか、またある時は知的な愛らしさが滲み出し、かと思えばこちらがはっとなるような強靭さがあらわになったりと、実に自在である。ソロ作品の創作や他ダンサーとの共演にとどまらず、ミュージシャン映像作家など異分野の表現者とのセッション、映像や写真、ファッションショーへの出演など百戦錬磨を遂げてきた彼女は昨年活動10周年の節目を迎え、今後益々活動が期待される。
2024年7月、音楽家、打楽器奏者の角銅真実とのプロジェクト「波² 」として《FESTIVAL FRUEZINHO(フェスティバル・フルージーニョ)2024》に登場する。“魂の震える音楽体験”をコンセプトに2017年よりつま恋リゾート(静岡県掛川市)にて開催されている『本祭』音楽フェスティバル《FRUE(フルー)》のスピンオフ企画として3年目を迎えた本イベントだが、ダンサーの登場は今回がイベントにとっても初の試みである。
ダンサー小暮香帆とミュージシャン角銅真実、もといダンスと“他者”の関係を探る対話を、小暮を撮影してきた笠井爾示の写真とともにお届けする。
“同じ誕生日同士”の共鳴
「最近、自分のやっていることを言語化する場面が増えてきて。だから今日は頑張って言語化してみたいと思います、よろしくお願いします」
そんな挨拶から始まった今回のインタビューで、小暮は何度か同じ内容を異なる言い回しで、考えと言葉のつながりを丁寧にほどくように答えてくれた。
小暮のFRUEZINHO登場が決定するまでには、ちょっとした不思議な経緯があったそう。発端はコロナ禍の2020年春頃、小暮が近所の猫と一緒に踊る動画をSNSに投稿したことだった。それを偶然目にしたFRUE主催チーム関係者がおり、後日別の関係者が小暮の出演作品を鑑賞したことから、魅力を感じた両者が小暮を推薦しあったことで、両者が同じく制作に関わった音楽イベント「あのり拍子-anorythm-」(2022年11月開催@三重県志摩市)への出演が決定した。ちなみにこのイベントには小暮とも何度か共演しており、FRUEにも2018年から毎年出演し「FRUEの歌姫」とまで言われる角銅真実も出演していた。
「角銅さんとの最初の出会いは2019年にダンサー・振付家・美術家 ハラサオリさんの作品『no room』(角銅は演出を担当)での共演でした。当時から『面白い人だなあ』と思っていたのですが、その後も何度か共演し、友人としても同世代の表現者同士としてもたくさんやりとりしてました。
実は私たち、同じ誕生日に生まれたんです。角ちゃんの生き方とか社会、世間との距離感が好きです。まだ出会って5年くらいですけど、変な話、ずっと前から知り合ってるような不思議な繋がりを感じていて・・・波長なのかな、波ですね」
そう話す小暮は、過去にも大友良英や坂田明など錚々たる大御所ミュージシャンとの即興セッション、管弦楽団との共演まで幅広いジャンルの音楽家たちとの共演を数多経験している印象がある。
「ご縁が繋がって、自然と色んな方と共演する機会をいただいてきました。音楽家とのセッションで場数を重ねて耳を育ててもらったと感じてます。特にテクニックをしっかり築いたうえで自由に表現するフリージャズの方たちには説得力があるし、圧倒的。そこにダンサーも入るとなったら身体性や存在の強さを持ったうえでいかに自由に度胸試しするか、という気持ちでやってきました。すごく鍛えてもらえたし、通常のダンス公演に出るのとは違う軸で向き合っています」
その中でも角銅は他の音楽家とどう違うのか、そして “波長が通じている” 理由は何か。再び「同じ誕生日だから」と茶目っ気を込めて笑ったあとに、ゆっくり言葉を選び直した。
「同世代のアーティスト同士で、同じ時代を歩んでいる、ということも関係しているのかもしれない。20代の頃は自分のことに一生懸命で、フリーランスで上の世代の人の作品に出演したり、ソロで活動することが多かったです。でも最近になってようやく、活動を続けてきた同世代の人たちと会って横方向につながってきてる感じがあります。こうして波長の合う人に、おとなになってから出会えるというのは貴重だし、ありがたいです」
ダンスと音楽の境界をほどく
二人が本格的なコラボレーションに取り組んだのは2023年2月に横浜のBankART Stationで行われた小暮の活動10周年公演『「D ea r 」Re:creation』。それまで取り組んでこなかったことに挑む意図も込めた本作で、小暮は音楽を手がける人として真っ先に角銅を思い浮かべた。
「角銅さんはリハーサル現場にもたくさん来てくれて、『どういうふうに創っていこう』とコアな対話を重ねながらシーンや音楽が創られていきました。たとえば私が『こういうシーンを創ってみた』というのを彼女に見せて、それに対する応答が音楽で返ってくるというコミュニケーションがあった。とてもいい距離感でできました」
SNSにはこの公演のリハーサル風景が収められたダイジェスト動画が公開されており、そこでもやはり、角銅がクリエーションの深部に主体的に言及するような会話を確認することができる。公演の際、角銅は生演奏することになり、また「リハーサル中によく踊ってた」彼女に対し、角銅自身が踊るシーンも作られた。
Kaho Kogure10th anniversary solo dance 「D ea r 」改訂版
『D ea r 』で生まれた二人のあり方をより発展させたのが、2023年12月に鴨川SupernaturalDeluxeで2日間に渡り開催されたライブ「波²(なみのにじょう)」である。
「角銅さんと『波、波動、境界が気になる』という話をした時に、音楽家とダンサーという立場の境界を解いて、お互いの波を送り合いながら音と身体で対話する、そんなイメージについて話した延長でこのプロジェクト名が出てきました。だから角銅さんも身体を動かすし、私も鍵盤のドレミの位置すら分からないけど楽器を触ったり、二人でマリンバを一緒に叩くシーンもありました。リハーサル中も私の普段のウォームアップや、角銅さんの発声練習をしたり、お互い教えあったりして。
当日は会場の至るところに鍵盤やパイプなどマリンバの “ほどかれた” パーツを置いて、角銅さんと組み上げていくプロセスも演出に取り入れました。“楽器・ミュージシャン・ダンス” の関係性や捉え方をほどいた状態から始めて最後にカタチにする、そんなイメージです」
最大値までひらいた理性に感情を追いつかせる
これまでに言及した作品を振り返ると、小暮は身ひとつで踊るダンスよりも、小道具や装置との関係を持って踊るイメージが強い。意外にもこれを意識したのは直近1-2年の話だと言う。
「これまではいかにひとつの身体が人前や空間で存在し続けられるかということを探求していました。でもミュージシャンと共演していると楽器が身体の一部に見えてきて羨ましいと思うこともあったし、やっぱり身体に向き合えば向き合うほど身体に執着しなくなってきて。ダンスは身体ひとつで完結している訳ではなくて、空間やもの、音、光・・・あらゆる要素と対話した時に生まれる身体性、状態での踊りを探るようになりました」
そういえば、小暮は過去の様々なインタビューなどで「水に縁がある」とも発言しており、湖、海、小さな滝壺、川など水辺で踊る彼女の印象が強いダンスファンも多いのではないだろうか。
「あらゆる水に飛び込んで身を浸してきました。水、というより波って変わり続けるし、海や川ってずっと眺めていられるじゃないですか。そういうダンスってなんだろうというのは問いとして持ってます」
そんな彼女が、自身のダンスを創作する際に大事にしていることとは。
「以前知人の演出家に言われたのは、感情が理性を超えないということ。動くと感覚が拓いて、感情と理性どちらも高まってギリギリをせめぎあうんだけど理性が勝るからすごい、と。理性や身体能力はもう110パーセントくらいの最大値まであけた状態にして、そこに他の部分を追いつかせるイメージです。
それは “状況を把握して踊る” と言うのと一緒。どこに照明があってどんな陰影が出て、外側からどう見えて、身体にどう光が当たっているのか。お客さんはどこでのめり込んだり、一息ついて座り直すのか。すごく観察しています。全てを把握することはできないけど、なるべく多くのことを全身で捉えたい」
「即興(セッション)の時も、意外と“決めて”るんです。全然器用におさめるつもりはないし、ある意味失敗してもいいからトライし続けるってことなのかも。その感覚や理性を支えるためにも、やっぱりトレーニングが必要だと思っています。
コロナ禍でトレーニングの仕方を変えて、身体への意識を見直しました。たとえば基礎のプリエを大事にしたり、小さなことを積み重ねることで、どこにいても何が起きても呼応できる身体を持っていたい」
そもそも小暮は幼少期からモダンダンスを習い数々の舞踊コンクールへの出場を重ね、日本女子体育大学舞踊専攻(同期には現在もダンス界の第一線で活躍する者の割合が多い)出身と、確かな礎のうえで自身の表現を研鑽してきた人。東京藝大の打楽器専攻出身の角銅とはそういった、アカデミックな基盤の上に成り立つ自由自在という点も通じているのかもしれない。
いつでもどこへでも往来できる身体
角銅があらゆる表現の境界を行き来する試みに、彼女のライブを目撃しているファンは納得するだろう。彼女は音楽を楽器だけでなく身体で表現するように「踊って」いるからだ。しかしミュージシャンが意識的にダンスをせずとも、小暮は彼らが演奏する姿に「ダンス」を感じてしまうのだと話す。
「音楽ライブは音を浴びに行くもの。同時に、演奏するミュージシャンをずっと見る状況でもありますよね。ライブ中アーティストが自然に揺れたり、演奏する姿にダンスを感じます。ダンスもいかに舞台の上でニュートラルにいられるか、ということをすごく大事にしています。 “ニュートラルな身体” は脱力したりリラックスしきるというわけではなくて、いつでもどこへでも行き来できる状態の身体でいられること。そのあり方はミュージシャンと重なる気がします。演奏したり歌うために一番いい身体の状態で立ったり動いている姿が、もうダンスのように見えてしまうんです」
FRUE/FRUEZINHOでは毎年何組か、楽屋裏でミュージシャン同士が意気投合して突如本番中に持ち歌のセッションあるいは即興を展開する、奇跡のような光景が繰り広げられるのが風物詩である。全員に共通するのはやはり、いつでもどこへでも振れる体/音楽でいる基礎を持っていること、それゆえその時その場所に興るべくして興る音が立ち上がるということ。
実はFRUE 2023への出演打診があったものの、スケジュール都合であいにく出演が叶わなかったという小暮。今回が念願の初登場であり、またFRUE主催者も、フェスの姿勢に通じるものを彼女に見出していたのではないかと勝手ながら推測している。しかも今回小暮と角銅が登場するのは会場の立川ステージガーデン内ホールではなく、屋外の石畳のステージだ。
「今回私たちはすこし変わった方法で出演します。色々と企んでいる最中なので、当日お楽しみにしていて下さい。普段ダンスを観る機会がない方もたくさんいらっしゃると思うので、そういう方にも踊りを見るきっかけの第一歩になったらいいなと思っています」
近くて遠い、あわいにあるもの
小暮香帆のダンスの正体とは何か?現在のそれを掴むヒントとして本記事にも掲載されている、笠井爾示が撮影した小暮の写真について話を伺った。
笠井氏が小暮を撮影し始めたのは約2年前。写真家として活躍する同氏が小暮への撮影を申し出たことに、小暮は「今でも不思議」と目を丸くする。だが、先述の『D ea r 』ダイジェスト動画にはしきりに小暮のことを「かっこいい」と連呼する爾示氏の姿がある。それほどに小暮の魅力に惹かれた爾示氏が捉えるのは、小暮曰く「一般的に期待されているダンサーの姿ではないもの」が多い。
「爾示さんの写真は、ダンスが生まれる瞬間やその背後にあるもの。撮影時、一緒にデュエットしてるような気持ちになります。もう、すごいんですよこの写真」
そうやってスマートフォンのアルバムに保存された夥しい量の写真を見せてくれた。2年間の積み重ねが、作品を圧倒的なものにしていることは言うまでもない。
「ダンスはきっと、見ている人と動いてる人のあいだにあると思ってて。たとえば今こうやって喋ってる時に会話が伝わってくることにもダンスがあると思ってます。 “あわい” かもしれません。爾示さんは身体も含めた空間に起きてること、その時の光や音、温度を全部1枚の写真におさめている。近くて遠い、生々しくてとっても冷静。それってなんなんだろうと、まだ爾示さんとダンスと写真の関係について探ってるところです」
角銅真実と笠井爾示、二人の表現者とそれぞれの波を押しては返し、そのあわいを形づくっていく小暮のダンスもまた、目撃し続けざるをえない波として観る者の心に打ち寄せていくのだろう。
Interviewer & Writer: 瀧瀬彩恵 (Seen Scenes)
Photo: 笠井爾示
Special Thanks: FRUE
スタジオ提供: Dance Base Yokohama
小暮香帆 / Kaho Kogure
ダンサー・振付家。
6歳より踊り始める。国内外で自身の作品を発表しながら劇場、ライブ、メディアなど様々な領域で活動。近年はミュージシャンはじめ他ジャンルのアーティストとのコラボレーション、映画/映像作品への振付出演 “beautiful people”S/S 2023 パリコレクション出演など活動の幅を広げている。第6回エルスール財団新人賞受賞。DaBYレジデンスアーティスト。2022年度アーツコミッション・ヨコハマU39アーティスト・フェロー。めぐりめぐるものを大切にして踊っている。kogurekaho.com
笠井爾示 / Chikashi Kasai
1970年生まれ、写真家。『Tokyo Dance』『波珠』『東京の恋人』『七菜乃と湖』『トーキョーダイアリー』『Stuttgart』など、これまで作品集を計11冊刊行。2023年、日本写真協会作家賞受賞。
https://lit.link/kasaichikashi
角銅真実 / Manami Kakudo
音楽家、打楽器奏者。長崎県の山と川に囲まれ育つ。マリンバをはじめとする様々な打楽器、自身の声、言葉、さまざまな身の回りのものを用いて、楽曲制作やパフォーマンスなど自由な表現活動を展開している。自身のソロ以外に、cero、原田知世、満島ひかり、dip in the pool、滞空時間など様々なアーティストのライヴ・サポート、レコーディングに携わるほか、映画や舞台、ダンスやインスタレーション作品への楽曲提供・音楽制作も行っている。
2022年、映画『よだかの片想い』主題歌「夜だか」配信リリース。2024年1月、4年ぶりのソロアルバム「Contact」リリース。
<公演情報>
FESTIVAL FRUEZINHO 2024(フェスティバル・フルージーニョ・2024)
開催日時 2024年7月6日(土)
開場 11:00 / 開演 11:30 / 終演 21:00
会場 立川ステージガーデン
出演者 Mulatu Astatke / Juana Morina with Sam Gendel / 高木正勝 / 折坂悠太(band) / 波² 角銅真実×小暮香帆 / HAPPY
メルカド ANTE Vojnovic div. / AOTEA / COUSEN / FRUE商店 / KOKUA COFFEE ISLAND / KŌSON / La chocolaterie NANAIRO / MarinaKarna / SHIMAIVINTAGE / SONICWAVE / SUNPEDAL / THOUGHT OF TOKYO KANKAN
※メルカドエリアは無料で入場できます
フード&ドリンク 水曜カレー / ろっかん / アンジュール マルシェ / FUJIYAMA HUNTER'S BEER
【チケット】
早割2:12,000円 soldout
早割3:13,000円 soldout
早割4:14,000円
前 売:16,000円
当 日:18,000円
※1階はスタンディング。2、3階席は全自由席。来場順での入場。
チケット購入リンク:https://shop.frue.jp/products/%E7%AB%8B%E5%B7%9D-festival-fruezinho-2024-%E5%85%A5%E5%A0%B4%E5%88%B8