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Issue 022  アレクサンドル・リアブコ
混沌の世界を、共に生き抜く

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 ハンブルク・バレエのプリンシパル、アレクサンドル・リアブコ。巨匠ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団を代表するプリンシパルとして長年活躍した。『ニジンスキー』でのニジンスキー自身が憑依したような繊細かつ鮮烈な踊り、『椿姫』のアルマン・デュヴァルのロマンティックな情熱。様々な名作で、圧倒的なクラシック・バレエの技術、至高の芸術性により、唯一無二の存在感を発揮してきた。

 

そのリアブコが、新国立劇場で、世界的に活躍する舞踊家、振付家で本年ベネチアビエンナーレで金獅子功労賞を受賞した勅使川原三郎が演出し、古楽の名手である鈴木優人が指揮したバロック・オペラの傑作『オルフェオとエウリディーチェ』の新演出に出演するために来日した。

 

演出・振付・美術・衣裳・照明を手掛けた勅使川原の『オルフェオとエウリディーチェ』演出は、深い美意識でシンプルに舞台をそぎ落としつつ、愛と死が織りなす世界を洗練された極美の世界で陰影深く表現。冥界の死者たちを表した合唱隊が闇の中から浮かび上がるオープニングから、ギリシャ神話の神秘の世界へと誘われた。オルフェオ役のカウンターテナー、ローレンス・ザッゾのこの世のものとは思えないほどの甘美な声に酔いしれ、鈴木が生み出す東京フィルハーモニー交響楽団の豊かな音色に心を奪われた。リアブコ、佐東利穂子らダンサーたちは、空気のように舞い、空間を切り裂き、もう一つの主役として、生死、現世と彼岸を越えた愛の物語の世界観を深めていた。

 

ウクライナに生まれ、キーウ・バレエ学校で学んだリアブコは、故郷がロシアに侵攻され家族が必死に避難生活を送り国外脱出を図る中、本作品に出演するために来日。最終舞台稽古の上演後、勅使川原とのコラボレーション、作品のテーマである「愛」、そしてパンデミックと戦禍の世の中で芸術が果たす役割について語っていただいた。

 

勅使川原三郎との出会いは大きな喜びと発見

 

昨年の夏、『羅生門』(東京芸術劇場、愛知県芸術劇場で上演されたダンス作品)で勅使川原の作品に初めて出演したリアブコ。巨匠との出会いは、彼に忘れがたい感慨をもたらし、今回の『オルフェオとエウリディーチェ』への出演へと結実した。

 

リアブコ 「昨年初めて『羅生門』で勅使川原さんと仕事をしましたが、それは未知の冒険でした。芸術にとって非常に困難な時期だっただけでなく、社会生活を送るうえでも大変な時期だったので、実現できて本当に良かったと思っています。遠い日本にやってきて、新しいことを体験できたのは特別なことでした。新しいダンスの踊り方、動き方を発見するきっかけとなりました。まるで贈り物のようだったのです。長年、私は様々なバレエ作品を踊ってきましました。ジョン・ノイマイヤーの作品だけでなく、いろんな振付家の作品に取り組んできたのですが、それらとも全く勅使川原さんのダンスは違っていたのです。」

 

リアブコ  「最初は勅使川原さんのメソッドを身に着けるのに時間がかかりました。ダンサーからもたくさんのものが求められているからです。動きについてだけでなく、振付家やパートナーと取り組んでいる間に自分自身の創造性を発見していくプロセスであり、とてもエキサイティングなことでした。クラシック・バレエは100年以上前に振り付けられたもので、長年にわたって踊られてきたもので、それをどう翻案するかを発見していきます。このこと自体はとても面白いですし、同時に大変なことでもあります。でも勅使川原さんの作品では、クラシックもベースにはありますが、クリエイティブなアプローチが求められ、新しいものを発見していき、コンスタントにその発見を行っていきます。知らないものについては、何が待ち受けているのか不安になることもありました。完全に未知の世界だったからです。」

 

リアブコ  「毎日彼のメソッドに取り組んだことで、自分の身体を発見する助けとなり、違ったやり方で身体を感じることができるようになりました。公演が終わってハンブルクに戻り、別の作品を踊りましたが、ここで与えられた感覚を持ち続け、自分のダンスにとって素晴らしい発見となりました。」

 

リアブコ  「私自身はクラシック・バレエの一部であると時々思うのですが、バレエというのは、独立した芸術の形ではないということを忘れてしまいがちです。バレエはダンスの一部であり、バレエを踊っているというだけでなく、音楽と共に踊り動いているということです。聴いた音楽をビジュアル化して、イメージを作り上げます。勅使川原さんと仕事をすることで、音楽とつながり、ダンスには様々な要素があるということを理解できるようになりました。今回の『オルフェオとエウリディーチェ』は、オペラ作品への出演なので、さらにインタラクティブなことをすることになりました。歌、オーケストラ、合唱にダンスが加わり、多くの人が舞台の上にいます。コロナの時代の芸術の象徴だと感じました。困難な時代にあっても、私たちはオペラやバレエ作品を創造することができました。大きな発見と喜びがありました。」

 

昨年夏の『羅生門』は感染拡大のさなかに開催された公演で、入国規制が厳しいため長期の隔離を経るという困難を乗り越えて奇跡的に実現した。ハンブルクに戻ってからも、勅使川原のメソッドを実践し続けていたというリアブコ。この出会いは、彼の芸術性に大きな影響を与えた。今回、クリエーションはどのように行われたのだろうか。

 

リアブコ  「昨年の『羅生門』は夏の公演だったので、もう少し時間があってスタジオでリハーサルをして準備をすることができました。今回はハンブルク・バレエのシーズンの途中ということもあって、参加が少し遅くなり、zoomで遠隔のリハーサルを行っていました。本当はリハーサルのために事前に一度来日する予定だったのですが、ヨーロッパでの感染拡大のため渡航制限があり、実現しなかったのです。ですが、勅使川原さん、(アーティスティックコラボレーターの)佐東利穂子さんがフィルハーモニー・ド・パリで公演を行う予定があったので、パリで彼らとリハーサルを行うことができて、それはとても素晴らしいものでした。昨年の共演以来の再会で、新しいキャラクターや表現など、様々な新しいことを試すことができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。

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『オルフェオとエウリディーチェ』より

アメージングな新国立劇場

 

 

日本を代表する劇場で、音響の良さや設備の充実ぶりに定評がある、新国立劇場での仕事にも感銘を受けた。

 

リアブコ 「新国立劇場での仕事は初めてですが、アメージングな劇場です。建物がとても新しく見えて、実際にはオープンしてから20年以上経っていると聞いて驚きました。舞台設備も舞台スタッフもすべてが素晴らしい劇場です。勅使川原さんが見事な舞台美術を作り上げることを可能にさせてくれましたし、とても感謝しています。今回のプロダクションが、この素晴らしい舞台の上で実現しているということをとても嬉しく思います。今日のゲネプロでも、勅使川原さんが作った、傾いた盆のような装置があっても素晴らしい音響で、一方向だけでなく、音に包まれるような感覚でした。」

 

リアブコ  「今は新国立劇場バレエ団のクラスレッスンにも参加しています。バレエ団のダンサーたちが稽古をしている様子を見ることも刺激になります。バレエ界は実は狭い世界で、芸術監督の吉田都さんについても今まで良い評判をたくさん聞いてきており、お会いできるのを楽しみにしています。」

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『オルフェオとエウリディーチェ』より

愛と喪失の物語『オルフェオとエウリディーチェ』

 

ジョン・ノイマイヤーは『オルフェオとエウリディーチェ』のオペラを演出しており、またハンブルク・バレエ団のために『オルフェウス』という作品も振り付けていた。

 

リアブコ 「ハンブルク・オペラで上演された『オルフェウスとエウリディーチェ』はパリ版でフランス語の歌詞によるものなので少し違うところもありましたが、やはりダンスシーンがあり、バレエダンサーが踊るものでした。物語は良く知られているものですが、昨年勅使川原さんとこの作品について話し合ったのです。ダンサーは特別なキャラクターとして存在します。主要な登場人物3人はオペラ歌手が演じますが、ダンサーたちは浮遊するように存在して、異なった時において、異なった要素を象徴します。だから私は特定の登場人物としては存在していないのですが、音楽と共に変容し、異なった動きだけでなく異なった感情を表現します。作品の場面ごとに、異なった要素として存在してオペラに強弱をつけ、多層的な効果を与えます。勅使川原さんは、作品の構造を非常に巧みに作ったと思います。」

 

リアブコ 「『オルフェオとエウリディーチェ』は愛する人を失うことについての美しいオペラです。彼女を取り戻すためには、オルフェオは全てを投げ打つ気持ちを持っています。もうすぐで取り戻せるときに、もう一度失うことになってしまう悲劇で、とても人間的な内容です。今回のバージョンでは、歌とオーケストラが物語を作り上げ、ダンスはサブテキストとして、物語に対しての別の階層の感情を表現しています。とても興味深いのは、歌が物語を語っている間に、実際に登場人物が何を感じているのかをダンスで表現していることです。感情が多層的に表現されているので、深い表現となります。また勅使川原さんがデザインした舞台美術も白と黒への変化を照明で効果的に表現していますね。」

 

指揮の鈴木優人は、世界最高のバロック・オペラ上演団体であるバッハ・コレギウム・ジャパンを率いており、チェンバロ奏者や演出家、プロデューサーとしても活躍するなど世界的にも著名な音楽家である。

 

リアブコ 「この春、鈴木さんはハンブルクで指揮をすることになり、電話で連絡もしてくださったのですが、残念なことに私はその時忙しくて彼に会うことができませんでした。素晴らしいコラボレーションとなり、とても楽しい共演となりました。彼と共に、オーケストラの音楽家たちを発見することができたのは楽しかったです。また今後も一緒に仕事をしたいと思っています。彼の指揮によって、ダンスのパートも生き生きとしたものになったと感じています。」

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『オルフェオとエウリディーチェ』より

故郷ウクライナへの想い、人々の相互理解を助け、傷ついた魂を癒す芸術の力

 

今年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナ戦禍は芸術の世界にも大きな衝撃を与えた。ウクライナは優れた音楽家やダンサーを輩出し、壮麗な劇場をいくつも持つ芸術大国である。一方でロシアもバレエの聖地と呼ばれ、チャイコフスキーやプロコフィエフなどバレエに欠かすことができない作曲家を送り出している。美しい芸術を生み出してきたロシアが、隣国に侵攻し、多くの一般市民に犠牲者を出すなどの蛮行を行っているのは衝撃的である。リアブコは、そのウクライナに生まれ、キーウでバレエを学び、彼の母親など多くの家族はウクライナで暮らしていた。

 

リアブコ 「2年前から今のことを振り返ると、誰も戦争が起きるなんて想像していなかったと思います。そんなひどい世の中でも、生き抜いていかなければなりません。芸術を創造することは、人々がお互いを理解すること、発見し解決策を見つけることを助けてくれるものだと思います。こんなにも美しいものを創ることができるのに、なぜ、無意味なもの、理不尽なことのために闘わなくてはならないのでしょうか。私たちは人間であり、共に生きていくことを学んでいなかなければなりません。芸術は相互理解の助けになるものだと私は信じています。」

 

故郷の苦難について語る時、リアブコは言葉を慎重に選び、深く苦悩の表情を浮かべながら、言葉を絞り出していた。ウクライナを想う気持ちを、リアブコは言葉だけでなく、即興のムーヴメントでも表現してくれた。

 

リアブコ 「ヨーロッパでは、多くのウクライナのダンサーたちがイタリアやドイツなどに逃げてきてハンブルク・バレエでも彼らを受け入れ、クラスを受けてもらっています。私が日本に発つ前にも、チャリティ公演が準備され、ウクライナのダンサーたちのためにハンブルク・バレエのダンサーが作品を創作して上演されました。感動的な公演で、誰もが支援の手を差し伸べていました。まだ戦争は続いており、今も爆弾が落ちてきて人々は殺し合っています。この戦争には大義がないのでとても悲しいことです。誰もこんなひどい目に遭うようなことをしていませんし、若い人たちが撃ち合わなければならないなんて本当にひどいことです。戦争とはそういうものです。でも同時に人々は助け合っていますし、戦争が続く限りは支援を続け、ウクライナの人々の生活を再建し共存する方法を模索していきたいと思っています。芸術にその力はあると信じています。」

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ハンブルク・バレエの来日公演、世界バレエフェスティバルやエトワール・ガラなどガラ公演の出演などで、リアブコは日本でも高い人気を誇るダンサーである。ハンブルク・バレエ団での活躍は26年となり、キャリアの転換点にいる彼の新しい世界を体感できる、稀有な機会が今回の上演だ。

 

勅使川原の研ぎ澄まされた芸術性、リアブコの入魂のダンス、そして歌手やオーケストラの美しい音色が融合して生み出された総合芸術、愛と喪失と美の宇宙をぜひ体感してほしい。そしてリアブコの、芸術が人々を結び付けて理解し合い、困難を乗り越えていくはずだという想いを受け止めてほしい。破壊と暴力が支配する混沌とした世界を生き抜く力を与えてくれる、現代の傑作がここに生まれた。

 

リアブコ 「コロナ禍と移動制限と検査とマスクなど大変な今の時代にあって、新しい作品を創作することができていることに感謝しています。私にとって新しい劇場である、新国立劇場においてオペラのプロジェクトが行われ、多くの人の尽力で新作が作られたことは本当に素晴らしいことです。非常にユニークなスタイルを持つ勅使川原三郎さんのオペラの中で新しい経験ができたことは幸せです。多くの皆さんに劇場に観に来ていただき、芸術、人道主義を支援し、お互いを支え合うためにもこの舞台を分かち合っていただければ幸いです。人生は美しいものになり得ます。芸術公演を観ることによって、私たちはお互いを理解することができると期待しています。この作品は、この劇場だけでなく、日本国内の各地をツアーしてもらえたら嬉しいと思います。もちろん、海外でも上演できれば最高です。この移動するのがまだ大変な時に、新しい作品が生まれたことは奇跡です。」

Photographer : Yumiko Inoue

​Interview: Naomi Mori

アレクサンドル・リアブコ/Alexandre Riabko

キーウ・バレエ学校、ハンブルク・バレエ学校にて舞踊教育を受ける。96年にハンブルク・バレエ団に入団。99年にソリストに 昇格し、01年にプリンシパルに任命された。東京で開催される「エトワール・ガラ」や「世界バレエフェスティバル」など、国際的 な舞台で活躍している。ジョン・ノイマイヤーとは、数多くの作品を共同制作している。『くるみ割り人形』ドロッセルマイヤー、 『椿姫』アルマンなど幅広いレパートリーの中でも、ノイマイヤーの『ニジンスキー』タイトルロールは、彼の代表的なレパートリ ーとなっている。カナダ国立バレエ団との共演や、18年のハンブルク・バレエ団のDVD作品にも出演している。ローザンヌ国 際バレエコンクールファイナリスト、ヴィルヘルム・オーバーデルファー博士賞、レゼトワール・ド・バレ2000ダンスアワードなど 受賞。16年には優秀なパートナリングに与えられるブノワ賞を受賞している。

<公演情報>

新国立劇場 2021/2022 シーズンオペラ

C.W.グルック 『オルフェオとエウリディーチェ』 新制作

Christoph Willibald von GLUCK / Orfeo ed Euridice

全 3 幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉

【公演日程】 2022年5月19日(木)19:00/21日(土)14:00/22日(日)14:00
【会場】新国立劇場 オペラパレス
【チケット料金】 S:27,500 円 ・ A:22,000 円 ・ B:15,400 円 ・ C:8,800 円 ・ D:5,500 円・ Z:1,650 円

指 揮  鈴木優人

演出・振付・美術・衣裳・照明  勅使川原三郎

アーティスティック・コラボレーター  佐東利穂子

舞台監督  髙橋尚史

エウリディーチェ  ヴァルダ・ウィルソン

オルフェオ   ローレンス・ザッゾ

アモーレ  三宅理恵 

ダンス  佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、高橋慈生、佐藤静佳

合唱指揮  冨平恭平

合 唱  新国立劇場合唱団

管弦楽  東京フィルハーモニー交響楽団

芸術監督  大野和士

公演情報 WEB サイト

https://www.nntt.jac.go.jp/opera/orfeo-ed-euridice/

【チケットのご予約・お問い合わせ】

新国立劇場ボックスオフィス TEL:03-5352-9999 (10:00~18:00)

新国立劇場Webボックスオフィス http://nntt.pia.jp/

【チケット取り扱い】チケットぴあ

* Z席 1,650 円:公演当日朝 10 時より、新国立劇場 Web ボックスオフィスほかで販売。1人1枚。電話予約不可。
* 当日学生割引(50%)、ジュニア割引(20%)、高齢者割引、障害者割引、学生割引、当日学生割引(50%)など各種割引あり。*未就学児入場不可。

*新国立劇場における新型コロナウイルス感染拡大予防への取り組みと主催公演ご来場の皆様へのお願い

https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017576.html

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