Issue 016  フランソワ・シェニョー

共存のロマンス

 現在フランスで最も注目を集めるアーティスト、フランソワ・シェニョー。「ダンサー、歌手、振付家、歴史研究家」という多くの肩書きを持つ彼が、造形作家・映像作家、音楽家として活躍するニノ・レネとコラボレーションし、4年の歳月をかけて作り上げたのが「不確かなロマンス—もう一人のオーランドー」だ。

 スペインの民俗伝承に登場する3名のアンドロジナスな人物に扮したシェニョーが、400年に及ぶスペイン音楽をアレンジした生演奏とともに展開する3部構成の本作。2017年の初演後各地で大絶賛された、ダンス、音楽、衣装を通しあらゆる時代、文化、ジェンダーを共存させた圧巻の舞台だ。

​ 満を持して開催される今回の来日公演は、コロナ禍で初めて海外アーティストを招聘した大規模劇場でのダンス公演ツアーとなる。来日後14日間の自主隔離中のシェニョーとリモートインタビュー、そしてシェニョーとのフォトセッションはFaceTimeの画面をスクリーンショットするという荒業で行った。

François Chaignaud 01
François Chaignaud

ラ・タララをきっかけに生まれた作品

 

―これまでセシリア・ベンゴレアとのユニット活動を中心に、ソロ作品や他のアーティストとのコラボレーションも精力的に展開してきました。「不確かなロマンス」の共同演出にあたったニノ・レネとの交流はどのように始まったのですか。

 

シェニョー 2013年に発表したソロ「Dumy Moyi」をニノが鑑賞したのがきっかけです。この作品は、バロック音楽からフィリピンやスペイン、ウクライナの伝統音楽の歌唱とダンスに挑戦し、どのように時代や国を飛び越えられるか試みるものでした。ちょうど歌を作品に取り入れ始めた時期に出会ったニノは、すでにグルジアのポリフォニーなどさまざまな中世音楽を研究していて、歴史を引用しながら歌やダンスを追求していくのにぴったりのコラボレーション相手だと確信しました。これまでにない作品の広がりを持てると、とてもワクワクしたのを覚えてます。

 

―ニノさんは当時、すでにスペインの文化や性的少数派のリサーチを進めていたそうですね。ともにフランス人の二人が、なぜ今回スペインの歴史文化に焦点を当てているのでしょうか。

 

シェニョー フランスは宗教や権威に関連した表現を好んできた歴史があるので、郷土民俗や少数派の人々に関する史料がほとんど消されてしまってます。

一方スペインでは真反対。どんなに小さな村でもそれぞれに固有の伝統や文化があり、非常に生き生きと郷土文化と人々がつながってきた歴史があります。あまりに多くのバラエティに富んでいて分類不可能、互いに混ざり合っているようにも捉えられるし、伝承上の人物にも似た力強さが感じられます。ヒエラルキーのない状態でいくつかの表現形態や文化を舞台上で共存させようとする、私たちの姿勢とも重なります。

 

―「不確かなロマンス」に登場する3名の登場人物の中でも、伝説のアンダルシアのジプシー、ラ・タララはまさしくそんなスペインを象徴する人物であると言えます。

 

シェニョー ラ・タララはスペインでは老若男女が知ってる民謡に登場します。無数のカバー曲が存在し、時代や文化を越えてきた存在です。ニノとリサーチを進める過程で、ラ・タララが社会から疎外されていた理由は、彼女が実は男性か両性具有の人間だったからなのでは、ということに気づきました。

リサーチを進めた結果、最初にラ・タララの小作品をスペインで上演しました。この時、両性的な存在として語り継がれてきた他の人物も交えて、歌、ダンス、音楽の生演奏も取り入れながら長編作品として完成させる自信とインスピレーションを感じました。

François Chaignaud
François Chaignaud

フィジカルな強さと弱さを同時に見せる

 

―竹馬のようなアンバランスな履物、トウシューズ、高いハイヒールなどのアイテムがダンスのポイントにもなっています。これらを用いた理由は。

 

シェニョー ダンサーとして、異なるスタイルやアイテムの持つ影響力、それらに身を通す機会を持つことの大切さを信じてます。例えばハイヒールやトウシューズ、化粧は女性のためのツールとして捉えられていて、自分もフェミニンな感覚になれるのが好きで普段から身につけてます。もちろん舞台上で、それ自体が女性や異性装の記号として捉えられ、観客にもたらすインパクトについても自覚してます。かといってそこに執着するわけではない。

今「好む」と言いましたが、一方で「女性を強く象徴する道具だから嫌いだ」と言うこともできるかもしれません。でもこの不安定な履物は、身体の再創造の可能性を広げるクレイジーな発明品。履きこなすために必要な身体的な強靭さ含めて、私はこの履物が大好きなんです。

 

―今回、ヒールを履いて極限まで反り返る印象的な場面があります。身体をエクストリームな状況に持っていく演出・振付にはどういった意図がありますか。

 

シェニョー 突飛なスキルを見せびらかす目的ではないんです。例えばとても高いヒールで極限まで後ろに反り返ったら、バランスを取ろうとする緊張感は、観客も動物的に察知できるほど明らかですよね。私はそれをエンパシー(共感、感情移入)と呼んでいます。

フィジカルな強さと同時に、その弱さ—その形で身体がそこに存在するために震えてあがいている様子も見せる。そういう不安定でチャレンジングな状況に身を置いた途端、その表現は今この瞬間に確かに存在して、逃れたり、別のものを投影する隙もありません。だから私はライブなパフォーミングアーツ、ダンスが大好きです。

François Chaignaud
François Chaignaud

AかBかではなく「Aと同時にB」

 

―分類や定義の垣根を越えようとする姿勢の原動力は何なのでしょうか。

 

シェニョー カテゴライゼーションを忌むつもりはありません。「越える」「消す」上から目線になるつもりもなく、深く肯定しています。これが時に制限や抑圧につながることも理解しながら、そこにある美しさに魅了されるのです。アーティストの役割は、全体性に向かい異なるものごとを共存させることにあると考えています。これは分断やヒエラルキーに溢れかえった現代を生きる私たちに限った話ではなく、どの時代も芸術家が文化創造を通して闘ってきたことです。

 「不確かなロマンス」でも共存が一つのテーマです。「私はダンサーで主役、楽団がサポート役」ではなく、舞台上にいる5人全員が等しくソリスト。また、私は女性のふりをしている男性として舞台にいるのではなく、3人の人物を通して、異なるエネルギーをつなげようとしています。異なるものごと、風景を足し算した結果がこの作品です。

 

―「超越する」という文句にとらわれてしまっていましたが、それより大事なのは同時に何が共存するか、ということなんですね。

 

シェニョー さっき、フランス人思想家が生者と死者の関係性について記述した本「Au bonheur des morts(死者の幸福へ)」を読んでました。すごく素晴らしいですよ。先ほど読んでた章にあった内容を紹介すると、人は死ぬと頬の筋肉が弛緩して微笑んでいるように見えるんですね。死後に全身の筋肉が弛緩するのは科学的な現象ですが、同時にこの微笑みは残された人々の気持ちを和らげるためでもあると。これと同じように、なにごとも限定した見方をすることには興味がありません。大事なのはAかBかではなく「Aと同時にB」であることなんです。

 

―ダンスもカテゴライゼーションから逃れられない側面がありますが、これについてはどう考えますか。

 

シェニョー もちろん、さまざまな文脈や目的があるので避けて通ることはできないと思います。しかし作品がどうカテゴライズされ、それがどんな意味を持つか、そこからさらにどう進むかを分析することは、アーティストも自覚するべきだと考えてます。

「不確かなロマンス」の場合、出演者は全員クラシックなダンス/音楽教育を積んできています。同時に、私たちはクラシックが全く関係を持たない他の芸術形態にも非常に興味を持っています。アカデミックで社会的に優位な立場から離れた場所にある表現の中にも、芸や技術を目撃し多くを学ぶことができると信じてます。そうして過去と現在をつなげることに、私たちはこの作品で取り組んでいます。

François Chaignaud

自分を再創造するためのダンス

 

―ダンスに歌、身体表現をおこなう根源的なモチベーションはどこにあるのでしょうか。

 

シェニョー 自分を再創造したい、という気持ちからだと思います。ダンスにはアスレチックな側面もありますが、本質は特定のレベルに向けて身体を鍛えることではないと考えてます。普段基礎的なトレーニングを行う時でも、私は自分の身体を、筋肉を、センセーションを再創造しているような感覚になります。自分にとってそれは、化粧や新しい服を身につけて、カラフルで、堂々として、都会的な気持ちになったり…そうやっていつもと違う気分になることと、実はあまり差がないのです。

 

―以前別のインタビューで「歌い踊りながら大きな衣装に身を包むことは、子供の頃からの夢だった」ともお話しされてました。

 

シェニョー 幼い頃、新しい動きを覚えれば常に自分のことを再創造し続けられると直感してダンスを始めました。新しい動きを覚えた瞬間から、それまで自分に不可能だった次元で表現することができる。この感覚が全てのベースにあり、今も発展して成長し続けるプロセスの最中にいます。身体的な研鑽、個人のアイデンテティの探求も充たしながらいかに創造するか、そして歴史を研究することにもつながっています。

 

―時代、文化、表現形態を交配させて新しい次元に立つ、という現在の作品性につながりますね。

 

シェニョー 再創造は、能動的に自分のキャパシティを増やすだけで成立するものではありません。同時に、なにごとも受け容れられる寛容な状態でいる必要があります。最近、フランスで舞踏家の麿赤兒さんと「GOLD SHOWER」で共演した際、彼の「身体は空っぽの容れ物」という考え方、想起されるイメージに非常に感銘を受けました。

でも麿さんとの共演を終えた今は、身体をただの「空っぽの容れ物」と捉えることはしたくない。一つの方向にだけ考えるのは好きじゃなくて…身体は容れ物であり、同時に欲求とふるまい、動きが実践される場であると考えてます。歴史や他者、さまざまな影響に動かされながら、自分自身の欲求、身体性にも触発されていたい。両方をつなぎとめて映し出すのが私の身体だと、今は信じてます。

François Chaignaud
François Chaignaud

カテゴライゼーションは美しさにつながる

 

―今回の日本ツアーは、アジア初演でもあります。日本・アジアでこの作品を上演することのチャレンジとは。

 

シェニョー ヨーロッパを拠点とするアーティストとして、日本・アジアで作品を上演する機会はいつでもエキサイティング、やりがいとインスピレーションを同時に得ることができます。また、共演するバンドネオン奏者のジャン=バティスト・アンリは日本のタンゴ愛好家の間でも知られた存在です(タンゴ歌手・冴木杏奈の伴奏者として国内ツアー等に参加した経験を持つ)。西洋のバロック音楽をこのような形で共有できることも嬉しく思います。

理屈でなぜと言えないのですが、直感的に私たちのダンス、音楽、衣装には、日本の皆さんにとって興味深い出会いとなるディテールがたくさんあるのではと感じてます。

 

―フランソワさんのお話を伺っていて、歌舞伎の発祥に関するエピソードを思い出しました。阿国という女性が異性装でオリジナルな形で舞ったそうなのですが、そんな阿国の姿がフランソワさんにも重なりました。「不確かなロマンス」を通して、日本にも独自のジェンダー、カテゴライゼーションにまつわる歴史が存在することに、観客の皆さんは改めて目を向ける機会を持つはずです。

 

シェニョー それは面白いですね。ジェンダーに関する議論が現代の新しいトピックでなく、社会や芸術で長らく扱われてきたことにつながる例だと思います。

今回がアーティスト活動を始めて4度目の来日になりますが、日本の社会や文化、美意識を通してあらわれるカテゴライゼーションにはいつも魅了されてます。服のまとい方、振る舞い、身体の姿勢まで、分類することから洗練が生まれている、ユニークな国だと感じます。

カテゴライゼーションは、時に権威的な恐怖となってしまうことがある。でも文化、創造のための土壌も育み、美しさにつながる時もあります。こういったことを伝えるためにも、私たちもできる限り細部まで洗練されたパフォーマンスを努めたいと思います。

François Chaignaud
François Chaignaud

PHOTOGRAPHER : 井上ユミコ

INTERVIEWER & WRITER :  瀧瀬彩恵

SPECIAL THANKS TO  :  彩の国さいたま芸術劇場 

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© Laurent Poleo Garnier

フランソワ・シェニョー/François Chaignaud

6歳からダンスをはじめ、2003年パリ国立高等音楽・舞踊学校卒業。その後、ボリス・シャルマッツ、エマニュエル・ユイン、アラン・ブファール、ジル・ジョバンなど多くの振付家やダンサーとコラボレーションを展開。これまで、ダンスと歌が交差する様々なアイデアを具現化した多様な作品を創作。『不確かなロマンスーもう一人のオーランドー』(2017)のような作品では、ダンスにおける肉体的な厳密さ、歌が喚起する力、さらには歴史的な視点で描く世界に立ち上がる身体の可能性を追求してきた。2005年以来セシリア・ベンゴレアと共に『TWERK』、『DUB LOVE』などを世界各国で発表し、高い評価を得る。リヨン・オペラ座バレエ、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団などヨーロッパの重要なダンスカンパニーに作品を提供するなど、今注目のアーティスト。

<公演情報>

フランソワ・シェニョー&ニノ・レネ 『不確かなロマンス― もう一人のオーランドー』

特設サイト https://rohmtheatrekyoto.jp/lp/romances_saitama_kyoto_kitakyushu/

◯彩の国さいたま芸術劇場

日時:2020 年 12 月 19 日(土)19:00 開演 (全1公演)

会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

 

チケット料金(税込・全席指定):
一般:S席 5,000 円/A席 4,000 円 U-25*:S席 3,000 円/A席 2,000 円

メンバーズ:S席 4,500 円/A席 3,600 円 *公演時、25 歳以下対象。入場時要身分証明書

※未就学児入場不可

●チケット取扱い・お問合せ

○SAF チケットセンター 0570-064-939(休館日を除く 10:00~19:00) 

 [窓口] 彩の国さいたま芸術劇場(休館日を除く 10:00~19:00), 埼玉会館(休館日を除く 10:00~19:00)
 [PC・スマートフォン・携帯電話] https://www.ticket.ne.jp/saf/

○チケットぴあ 0570-02-9999[P コード:503-880] http://t.pia.jp(PC&携帯)

○イープラス http://eplus.jp(PC&携帯)

 

◯京都公演

12 月 21 日(月)19:00 開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
チケット料金:一般:4,000 円 ユース(25 歳以下):2,500 円 18 歳以下:1,000 円

●チケット取扱い・お問合せ
○ロームシアター京都 オンラインチケット
 24時間購入可、要事前登録(無料) 
チケットを購入する

○ロームシアター京都 チケットカウンター
 Tel. 075-746-3201(窓口・電話とも10:00‒19:00 / 年中無休 ※臨時休館日を除く)
 ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため短縮営業する場合あり
○京都コンサートホール チケットカウンター
 Tel. 075-711-3231(窓口・電話とも10:00‒17:00 / 第1・3月曜日 休館 ※休日の場合は翌日)
○チケットぴあ
 Tel. 0570-02-9999[Pコード:503-821]
http://t.pia.jp

◯北九州公演

12 月 23 日(水)19:00 開演
会場:北九州芸術劇場 中劇場
チケット料金:一般:4,500円
ユース:2,500円(24歳以下・要身分証提示)
ペアチケット:7,000円(劇場にて前売のみ取扱)
高校生〔的〕チケット:1,500円(枚数限定・劇場窓口にて前売のみ取扱・要学生証提示)

●チケット取扱い・お問合せ
○北九州芸術劇場
 オンラインチケット https://www.e-get.jp/kimfes/pt/
 窓口 http://q-geki.jp/tickets/
 電話 Tel.093-562-8435(10:00~18:00/土日祝除く)
○チケットぴあ
 Tel. 0570-02-9999[Pコード:502-135]https://t.pia.jp/
○ローソンチケット 

 https://l-tike.com/[Lコード:89530]