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Issue 025  タイラー・ペック
スターダンサー現る

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『The Artists-バレエの輝き-』公演のために来日した、ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル、タイラー・ペック。強靭なテクニックと陽性のオーラをあわせ持つ彼女がこのたび、「現代生活のための衣服(Clothing For Contemporary Life)」の頭文字をブランド名に据えた「CFCL」のプロジェクトとコラボレートした。これは、さまざまなバレエダンサーがCFCLのニットウェアを身にまとい、写真家・井上ユミコが撮影する企画「Pas de CFCL」の第一弾。バレエダンサーにフューチャーし、衣装スタイリングと写真を通してダンサーの個性や可能性を引き出し、表現することで、バレエと衣服の関係性を再解釈する試みである。タイラーにはカメラの前で彼女自身を自由に表現してもらうとともに、インタビューを通してキャラクターについて語ってもらった。

 

ファッション撮影を通して、知らない自分に気づく

 

部屋に入ってきただけでスターダンサーだとわかる。タイラー・ペックはそんな場を制するようなオーラの持ち主だ。だが、それは決して威圧的なものではない。いつも笑みを絶やさず、鈴を転がすようなやわらかな声で語る彼女を見ると、人々の口元は自然とほころんでしまう。

 

タイラー 「今日の撮影では、私のいろいろな面が見せられたと思います。エレガントさだったり、楽しい一面だったり、笑顔だったりね。CFCL のお洋服は、どれもとても着心地がよかったです。構造的な形がとても好き。カメラの前で面白い動きができたと思います。とくに白いショートトップスはふわっとしていて、裾もひらひらと波打っていて素敵でした。あと、普段私が自分でする髪型に近いヘアスタイルだったのでとても快適で、撮影中は私らしくいられたと思います」

 

CFCLの衣服はすべてニット素材なので、彼女の動きを妨げることはない。リキみなく、まっさらな状態でカメラの前に立つタイラー自身のナチュラルな美しさが際立つ。

 

タイラー 「ファッションの撮影は好きです。自分を実際とは違うキャラクターに見せることができる。洋服を着ながらできるダンスみたい。私もこんなふうになれるんだと、知らない自分に気づかされるときもあります。視野が開けて、新しい可能性に気づくことができるんです」

 

撮影を見たCFCLの代表兼クリエイティブディレクターの高橋悠介氏は「ファッションモデルの撮影とは空気感がまったく違った」と語る。

 

「自分が他者の目にどう写るか、その正解を明確にわかっている方ですね。佇まいやオーラに風格があるので、彼女が着ると服自体の存在感が増します。着ている本人のエネルギーが外側に伝わってくるから、服というのは過剰でなくていいのだと改めて感じています。こういうプロ意識の高い方と仕事ができるのは、自分にとっても視座を高める経験になるのでありがたいです」(高橋)

 

そう、どこにいても、何をしていても、彼女が持つ陽のエネルギーは自然と周囲にあふれ出るのだ。

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落ち込んだときは、自分の心の声に耳を傾ける

 

 

タイラー・ペックの名が世界に広まったきっかけのひとつがSNSだ。自身が運営するInstagramアカウントには、素の彼女の魅力があふれている。

 

タイラー 「私のアカウントでの唯一のこだわりは、人としての私自身を見せること。本人ではなく代理の人が運営しているアカウントが好きではないんです。ただフォローされるだけの関係ではなく、ちゃんとオーディエンスとつながっていたいし、人としての私を知ってほしい。だから、ダンスが好きで、楽しんでいる姿を見せています。パンデミック中にはInstagramで『Turn It Out with Tiler』という企画※をやっていて、そこで私の人となりを知ってくれた方も多いと思います。たぶん、みんな『わぁ、タイラーも普通の人なんだな』と思ったはず。その通り。私も普通の人です(笑)」

 

※「Turn It Out with Tiler」…パンデミック中、自宅でのレッスンを公開したり、オンライン上でゲストを招いてトークをしたり、一緒にレッスンをしたりする様子を配信していた、Instagram内の企画のこと。

 

Instagramで彼女を知り、そのナチュラルな姿に魅了された人は多い。肩の力が抜けていて、いつもポジティブなエネルギーに満ちている。テクニックの強い、パワフルな踊りというイメージに反して、彼女のまとうオーラは穏やかで柔らかい。

 

タイラー 「自分の性格の好きなところは、近づきやすくて、誰にでも親しみを持って接するところ。基本的にいつもポジティブなタイプです。大変なときも、それを真正面から受け止めすぎるより、どうやったら切り抜けられるかを考えるようにしています」

 

2019年ごろ、深刻な怪我に見舞われたが「人として成長できた時間だった」と明るく振り返る。

 

タイラー 「首の怪我が今までで一番の大きな壁ですね。私は落ち込んだときは、自分の心の声に耳を傾けるようにしています。そのときも、医者から『もう舞台に立てないかも』『手術しないと動けなくなるかも』と言われたけれど、私の中ではきっとそうはならないという確信がありました。私が、私のことを一番よくわかっている、って。治療の間は時間の無駄みたいに思うときもあったけれど、復帰したとき、人として成長できて、芸術性も成長できたと感じました」

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ダンスから、ちょっとエスケープする時間も大切

 

彼女の話を聞いていると、心も体も非常にヘルシーだ。その状態を保つため、普段はどんなことを大切にしているのだろう?

 

タイラー 「まずは自分のことをよく理解してくれる人たちが周りにいてくれること。とくに家族は、いつも私を支えてくれています。それから私はダンスから、ちょっとエスケープする時間を持つようにしています。というのも、私はダンスが自分の人生や生活のすべてだとは思っていないんです。もちろん、踊っているときは100%ダンスに集中しているけれど、バランスを取ることは大切。ダンサーは素晴らしい仕事だけど、世の中はダンサーだけじゃない。だから、ダンサー以外の友達とも時間を過ごすようにしています」

 

ダンサーではない時間を大切にする彼女にとって、もっともリラックスできるのは「愛犬のカリとボーイフレンドと一緒に、ソファでくつろぎながら映画やコメディ系のテレビ番組を観る時間」だという。

 

タイラー 「いつも働いているモードではなく、スイッチオフする時間は大切です。そのために私はスマホを触らない時間も作っているんですよ。たとえば『今日は夜10時半以降はスマホを見ない」として、目の前にいる人たちと過ごす時間を大切にするとかね。オンとオフの切り替えが得意なのは小さなころから。子どものとき、私は学校からバレエスクールまで車で3時間かけて通っていて、何でも限られた時間の中で片づける癖がついたんだと思います」

 

さらに、首を怪我したときに知ったエナジー・ヒーリングも、彼女の心身のバランスを取るのに役立っているそう。

 

タイラー 「セラピーのように話すことでヒーリング効果が得られるもので、体の中にエネルギーが流れるようなトピックを与えてもらえるんです。それをするようになってから、心が癒されるようになりました。心も体も両方とも切り離せないものだから、ヒーリングの効果でどちらもうまく作用していると感じます」

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私はいつも上手になろうとしている学生みたい

 

プライベートの時間が充実しているからこそ、彼女の踊りは多くの人の心を惹きつける。それでは、バレエダンサーとして過ごす時間のどんな部分を楽しんでいるのだろう?

 

タイラー 「私の人生はダンスに満ちていて、踊ることがとにかく大好き! 子どものころからダンスが大好きで、家の中でも踊っていたくらい。ステージに立って踊ることももちろん大好きです。体と心を舞台上で動かすことで、自分の感情を表現できることに純粋な幸せを感じます」

 

そんな彼女にも、怖くてひるみそうになるときはある。

 

タイラー 「『眠れる森の美女』を踊るときが、いつも怖いんです。毎回すごく心配で『やりたくない』って思うくらい緊張します(笑)。でも、これまで4回経験を積んで、ようやくテクニック的なことを気にするのではなく、舞台上でお客様に物語を伝えることや、キャラクターを演じることを楽しめるようになりました。そのために『大丈夫、そんなに悪くないよ』と自分に言い聞かせて、正しい心構えをするようにしているんです」

 

周囲を圧倒させる踊りを見せるタイラーでも、日々、自分を鼓舞しながら練習を重ねている。その理由は「同じレベルに居続けたくないので、練習を続けてよりよくなりたい」から。「私はいつも上手になろうとしている学生みたいなの」と言って、彼女は笑った。

 

タイラー 「実は小さいとき、バレエは好きじゃなかったんです。いろいろなダンスを学んで、将来はダンスを踊ると決めていたけれど、バレエとは決めていなかった。子どものころはジャズとコンテンポラリーが一番で、あとヒップホップ、それから体操もやりました。コンクールでよく勝っていたのはジャズダンスでしたね。でも、スクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)に行って、バランシンのスタイルやテクニックを知ってから、バレエが大好きになりました。それで本格的にSABに通って1年経ったところで、ニューヨーク・シティ・バレエ(以下NYCB)からアプレンティスの契約をもらったので『オーケー、これが私のやることだわ』と心に決めたんです」

 

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私をプッシュしてくれるダンサーに出会えたのは初めて

 

このたび(2023年8月)上演される『The Artists-バレエの輝き』のために来日した彼女。ダンサーとしての出演はもちろん、振付家としても活躍する。

 

タイラー 「日本に来るのは2013年のNYCBの公演以来だったので、10年ぶりの来日を楽しみにしていました。(小林)ひかるさん(本公演の芸術監督)から声をかけてもらって、日本の方々がどれだけバレエが好きかを知っているので、日本のお客様の前で踊れることにワクワクしています。とくに、振付ができることが嬉しくて、しかも今回は異なる3つのバレエ団に所属する6人のダンサーに振り付けるという、なかなかない機会をいただいて楽しみに思っています」

 

6人のダンサーのうち、3人はアメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)所属、2人は(タイラーも含めて)NYCB所属、もう1人は英国ロイヤル・バレエ所属と、異なるスタイルを持つダンサーが揃う。

 

タイラー 「普段、それぞれ違うスタイルで踊っているので面白いんです。ロイヤルのテクニックはABTとも違うし、ABTはまたNYCBとも全然違う。もしかしたらほかのカンパニーの4人にとっては、彼・彼女らが今までやってきたよりずっと速い動きを振り付けてしまうかも(笑)。ビックリするかもしれないですね」

 

フィリップ・グラスとチック・コリアの音楽にのせ、3つのカップルの掛け合いのような作品になるという。

 

タイラー 「コンセプトとしては、3つの異なるスタイルのバレエと音楽の掛け合わせですね。全体で15分ほどの作品で、ストーリーはありません。3つのセクションに分けて、3つのカップルが踊ります」

 

公演では、おなじみのバランシン振付作品も披露する。中でも『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』は、タイラーが大好きな作品だという。

 

タイラー 「さまざまな面を見せられる作品です。パ・ド・ドゥはロマンティック。ゆったりしていて、詩的な美しさがあります。ソロのヴァリエーションは、音と遊んでいるような音の取り方ができるので、毎回少しずつ違う感じで踊れます。コーダは大好き! フェッテもフィッシュダイブも、どれもとても楽しいです。超絶技巧に満ちていてエネルギー満載なので、お客様も盛り上がってくださいますが、私たちも踊っていて楽しい作品です」

 

今回、彼女のパートナーを務めるのは、今年2月にNYCBのプリンシパルに昇進したばかりのローマン・メヒア。

 

タイラー 「ローマンを初めて観たのは、彼がまだSABにいたとき。観た瞬間から何か特別なものを持っていると感じて、彼の踊りが大好きになりました。そして入団して数年後、一緒に踊ってみたらとてもうまくいったのです。彼は今までで最高のパートナー。一緒に踊ると『私ももっと頑張らないと』と思えます。こんなふうに私をプッシュしてくれるダンサーに出会ったのは初めて。たとえば『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』はもう何度も踊ってきているけれど、彼と踊ることでもう一度この作品を新しい観点から好きになることができる。そして、私自身をもっと上達させてくれると感じます」

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バレリーナだけに留まりたくない、それ以上のことがしたい

 

タイラーの活動は、バレエダンサーだけに留まらない。ミュージカルや映画、ドキュメンタリー作品にも出演し、絵本も出版し、レオタードのプロデュースも行っている。

 

タイラー 「私はバレリーナだけに留まりたくない。バレリーナ以上のことがしたい。スポーツ選手は引退したらたくさんの選択肢があるけれど、ダンサーはそうではないし、しかもキャリアも短い。私がさまざまなことにチャレンジすることで、ほかのダンサーたちに『ダンサー以外の選択肢もあるよ』と伝えたいんです」

 

「いつかディレクター(芸術監督)もやってみたい」とも話す彼女。今あるポジションもジャンルも軽やかに飛び越え、しなやかに生きる様は、まるで今回の撮影で身に着けたCFCLの衣服のようだ。何も彼女を妨げるものはない。踊りはもちろん、語る言葉もまた、前を向いて生きる喜びに満ちている。これからもきっと、タイラーはバレエだけでなく、さまざまな方法で私たちを驚かせ、笑顔にしてくれるだろう。

Ballet dancer : Tiler Peck

Photographer : Yumiko Inoue

Stylist : Yukari Ota(SLEEPING TOKYO)

Hair: Kazuki Fujiwara

Makeup: Risa Chino(beauty direction)

​Interview: Akiko Tominaga

All Clothes : CFCL

1,2,4 Black Sleeveless Dress (POTTERY LUCENT SLEEVELESS DRESS)  ¥99,000 / CFCL

3,5 White Sleeveless Top  (POTTERY HS GLITTER SLEEVELESS TOP)  ¥44,000 / CFCL

6,7 Multi Border Skirt   (POTTERY SKIRT)  ¥48,400 / CFCL

タイラー・ペック/Tiler Peck

1989年、アメリカ・カリフォルニア州ベーカーズフィールド生まれ。2歳のときから母親のダンススタジオで踊り始める。12歳からスクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)で学び、2004年にニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)入団。2009年より、プリンシパルに昇格。舞台以外の活動にも積極的で、映画『ドニー・ダーコ』(2001年)などへの出演や、Huluによる彼女を追ったドキュメンタリー『Ballet Now』(2018年)への出演のほか、著者として絵本『Katarina Ballerina』シリーズ(カイル・ハリス氏との共著)も出版している。Instagramも人気。

<公演情報>

『The Artists-バレエの輝き―』

 

会期:2023年8月11日~13日

会場:文京シビックホール・大ホール

公式サイト:https://www.theartists.jp/

出演:

<英国ロイヤル・バレエ>マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、 金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地

<ニューヨーク・シティ・バレエ>タイラー・ペック、ローマン・メヒア

<アメリカン・バレエ・シアター>キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ

演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、山田薫、松尾久美

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Pas de CFCL

Photography by Yumiko Inoue 

 

CFCLは器の意味をつくる言葉である“-ware”を引用した“Knit-ware”をコンセプトに、3Dコンピューターニッティングを特徴とするブランドです。環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる認証であるB Corporationを取得しており、“Sophistication”, “Comfort & Easy-care” そして “Consciousness”の3つの柱をコアバリューとしています。

 

伸縮性のあるニットは体型を選ばずフィットするため、積極的にプラスサイズモデルの起用やユニセックスなアプローチを続けています。同時に、柔軟な素材であるため、バレエダンサーの身体が生み出す動作や細かなふるまいへの追従も可能にする親和性も持っています。 

 

このプロジェクトは、バレエダンサー1人ひとりの個性や可能性を衣装スタイリングと写真によって表現することを目的とし、CFCLとのコラボレーションにより舞台の上での姿とはまた異なる一面を引き出すことで、より多くの人々にバレエの魅力を届けたいと考えています。 

 

西洋で生まれ世界に広く浸透する芸術となったバレエと、東京から現代生活のための衣服を発信 するCFCLが改めて出合うことで、新しい文化のあり方を提示します。ファッションを通じてバレエの新しいファンを増やすことにつながればと。

 

Project website: https://www.cfcl.jp/pages/pas-de-cfcl

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