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Issue 010

パトリック・ド・バナ×下田昌克

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 世界中のトップダンサーから作品提供の依頼が引きも切らない振付家パトリック・ド・バナ。3月には、「マニュエル・ルグリStars in Blue」公演で、伝説のエトワール、マニュエル・ルグリ、そしてボリショイ・バレエの優美なプリマ・バレリーナ、オルガ・スミルノワという異色のペアに『OCHIBA~When leaves are falling~』(委嘱:愛知県芸術劇場)という新作を提供し、その振付指導のために来日した。

 

 来日中のド・バナとのフォトセッションでは、アーティスト下田昌克との異色のコラボレーションが実現した。下田は、キャンバス地で作られた恐竜の骨の彫刻を製作し詩人・谷川俊太郎との絵本『恐竜がいた』を出版したことで注目され、さらに彼の恐竜の彫刻はコム・デ・ギャルソン・プリュス・オムのパリコレ、2018年秋冬のランウェイでモデルが着用したことでさらに話題を呼んだ。下田は少年時代から恐竜が大好きで、東京の国立科学博物館の恐竜展で、ミュージアムショップに欲しいものがみつからなかったのをきっかけに、自分で恐竜を作り始めた。これが世界中でクールなハイアートとして評価されるようになったのだ。

 

 下田は撮影当日大量のヘッドピースをスタジオに並べ、自らそのヘッドピースをパトリックに被せた。身につけるやいなや踊り出すパトリックの姿に目を輝かせ「何か秘密の儀式をみているようだった。パトリックは神様みたいだった」と語った。

 

 フォトセッションを行った翌日、「Stars in Blue」公演の開演前に、ド・バナの話を伺った。

 

私のアフリカの側面が現れたのです 

 

「今回の撮影での写真を、共演者であるオルガ・スミルノワ、シルヴィア・アッツオーニ、そしてセミョーン・チュージンに見せたのですが「わお!」という反応でした。ダンサーはいつも同じような写真を撮られているのです。今回は恐竜というパートナーと一緒の撮影で、まるでパフォーマンスのようでした。写真撮影であることも忘れたし、その場にいる人たちのことも忘れるほどでした。まるで人生の一コマのようで」

 

「恐竜はすべての動物の先祖であり、私たちの先祖でもあるのです。今回の撮影ではとてもみんな落ち着いていて、ストレスなく臨むことができました。撮影された作品にも満足です。ユミコはとてもいいチームを選んでくれました。同じバイブレーションを持つメンバーだったので扉を開いた瞬間から、いいね!と感じたのです」

 

 下田昌克の恐竜をまとったパトリックは、ナイジェリアとドイツの血を引く多民族の結びつきから生まれる多様性を、気品と威厳をもって表現し、恐竜に命を吹き込んでくれた。

 

「新しい振付を創っているみたいな感じでした。この恐竜たちには命が宿っており、彫刻でも骨でもないのです。撮影された写真には感情がこもっていて、愛、否定、危機について語っていました。この恐竜は動く芸術で、見る角度によって違って見えてきます。自分がとても部族的にも感じられたし、アフリカ的だと。そう、私のアフリカの側面が現れたのです。ネイティブ・アメリカン的といってもいいかもしれません。アンソニー&ザ・ジョンソンズの音楽をかけていたのですが、宇宙から違った音楽が聞こえてきました。ドラムの響きや、ジャングルの音です。命の根源はアフリカから始まり、恐竜もアフリカ大陸にいました。撮影はまるで儀式のようでしたが、気持ちよかったです。みんなアフリカにつながっていたかのようでした。写真は悪魔的にも感じられましたが、悪魔的というのは怖いものではありません。私は吸血鬼が好きなのです。永遠に到達した存在であるし、愛したものはみんな死んでしまう悲しい存在でもあります。人間ではない、呪われた存在に魅かれます」

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物言わぬ動物たちに、声を与えたい

 

 パトリックの今回の新作『OCHIBA~When leaves are falling~』は、アレッサンドロ・バリッコの小説「絹」に着想を得て、絹商人と日本人の女性との間の沈黙の愛を描いていた作品。オルガ・スミルノワとマニュエル・ルグリというトップスターの今の魅力を引き出す美しく儚く抒情的な作品で、高い評価を得た。

 

「このような儚く、そして永遠の想いについての感情を、『OCHIBA~When leaves are falling~』で観ることができるはずです。原作『絹」を読んでいて、時が止まる感覚を覚えました。永遠への扉を開きたいと思ったのです。人生においてすべては色あせ死んでいきます。桜の花は美しく皆に愛されますが、散っていく様子はお葬式のようです。人生は贈り物ですが同時に悲しいものです。私の愛するものや、飼っている犬もいつかは消えていきます」

 

 パトリックはスペインの自宅で、2匹の犬を飼っていて愛情深く育て、彼らのみならずあまねく動物たちへの愛情をFacebookでよく語っており、また動物たちに向けられる暴力や虐待には怒りを持って告発している。

 

「動物に声を与えたいと思っています。彼らは喋ることはできないけれども、語りかけてきます。動物たちは私たちよりも多くのことを知っているし、見て、感じて、匂い、話す必要はないのです。誰かが悲しかったり怖がっていたりしたらそれをかぎつけます。私たちとは違った次元で、もっと高い次元で感情を伝達します。人間は全てを言葉で説明しなければならいのですが。だから『OCHIBA~When leaves are falling~』を創りました。この作品は静かな作品です。マニュエル・ルグリは、この瞬間心が求めるものを行うようにと私に言ってくれました。鯨は千メートルもの深さまで潜り、暗闇まで到達しますが、私は鯨の力を感じたいと思いました。彼らが出す音は、天からのメッセージなのではないかと思います。人間は力を持っていて進歩していると考えられていますが、感じることを忘れてしまっています。感じることを忘れてしまっては、生きる力は失われてしまいます。お金も地位も力を与えてくれません。死ぬときにあの世に持っていけるのは、幸せな記憶、魂だけなのです。お金持ちでも、貧しい人でも、死ぬときは一緒なのです」

 

魔法を生み出すのはスターでなくてもできる。身体で世界に語りかけていれば。

 

 パトリックは腰が低く親しみやすい人だが、ダンス界でも大物との仕事をしていることで知られている。その温かく人を惹きつける人柄の秘訣は、動物たちに向ける愛情からも伝わってくる。

 

「動物たちにとっては、人間の人種なんて関係ないのですが、人間の世界もそうあるべきですし、もちろんダンス界もそうあるべきです。スターでなくても魔法を生み出すことはできます。ダンス界にスター・システムがあるのは残念なことだと思います。スヴェトラーナ・ザハロワ、マニュエル・ルグリ、オルガ・スミルノワ、イザベル・ゲラン、オーレリー・デュポン、イワン・ワシーリエフといった素晴らしい人たちと仕事をできていることは幸せです。でも、私の師だったモーリス・ベジャールは、仕事相手が無名だろうと気にしませんでした。身体で世界に語りかけることができるかどうかが大事だったのです。今のダンス界では、この考えが忘れられているのが残念です。私はドイツに生まれ、アフリカでも育ち、母は白人で父はアフリカ人です。小さなころから陰と陽、夜と昼を意識してきました。肩書には魔法はありません。動物はあなたが何者だろうと、どこから来た人だろうと、気にしません。無条件の愛だけが大切で、必ず愛情で報いてくれます。」

ダンスだけじゃない、他の世界も知らなければ 

 

 パトリックが敬愛する、2015年に引退したバレエ界のスーパースター・バレリーナ、シルヴィ・ギエム。彼女は2011年の東日本大震災の後取り残された動物たちを救う活動を行うなど、環境保護や動物愛護活動でも知られている。

 

「犬を置き去りにすることなんてできません。なぜなら、彼は主人のことをいつも思っているからです。渋谷駅で銅像になっている忠犬ハチ公の物語に私は惹きつけられています。死ぬまで、いつまでも主人を待ち続けたハチ公の行為こそ、真実の愛だと思っています」

 

「東日本大震災の後、シルヴィが福島で『ボレロ』を踊って人々を励ましたことを私は覚えています。「マニュエル・ルグリと仲間たち」公演で共演した時に、マニュエルを通じて彼女に出会いました。彼女は最も偉大な人物の一人で、これからも偉大であり続けるでしょう。彼女は地球外生物のようにユニークな人で、いつか自分の星に帰ってしまうかもしれません。でも彼女は無限の想像力と行動力を持っていることが凄いと思いますし、これはとても大事なことです」

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「ダンサーの多くは自分のことだけを考えていますが、いつかダンスの人生にも終わりが来ます。来るべき引退の日の後のことを考えていないと、苦しむことになるでしょう。これはダンサーなら誰にでも訪れることです。だから、ダンス以外の世界を知ることは大切なこと。幸運にも、私は若い時から一つだけのことに集中することがなかったのです。独自の存在になろうとしていました、そうすることで生き延びてきたのです。できるだけ詩的で、美しく、夢を見ていたいと思っていました。処方箋は一つではありません。私たちは誰もがユニークな存在だし、一人一人が自分自身だけの人生の哲学を探し出すことが大切なのです」

 

「今回の撮影で一番大切だったのは、夢見ていたことです。夢を見ながら遊んでいました。今回の機会は満ち足りていたし、撮影を見ていたユミコの小さな娘がしていたように、願って信じることです。『星の王子様』のように、「夢見ることをやめてはならない」のです。目に見えないけれど、見えてくる大切なものがある。人生はたくさんのインスピレーションを与えてくれますが、その瞬間には気が付かないかもしれません。でもいつか、それに気づくことでしょう」

 

多様な文化の中でクリエーションするのが、好き。

 

 振付家として多忙な日々を過ごすパトリック・ド・バナ。今後の活動も様々な分野にわたっており、異色のコラボレーションもたくさん待機している。彼の観点は実にユニークである。 

 

「先週は中国で、『Echoes of Eternity』という作品を上海バレエ団のために振付け、リハーサルをしていました。これは1500年前、唐の時代の物語に基づく作品です。この後はモスクワで、サッツ劇場のためにストラヴィンスキーの『結婚』に振付けた新作を創作します。その後中国に戻り、そして夏にはトルコでマスタークラスを開きます。秋には自分のプロジェクトとして、『メデア』を創作します。タラ・ティーヴァというイラン人の女性歌手と、5人のダンサーで構成された作品で、私は“死”の役を演じます。多様な文化の中で仕事をするのが好きなんです。より多様性に富んでいて、カラフルで、奇妙であればあるほど良いものができると思っています」

 

 以前のインタビューでも語っているように、パトリックは山本耀司のように多くの日本人のアーティストからインスピレーションを得ていますが、彼にとってのアイドル的な存在は坂東玉三郎である。

 

「今回の来日ではできれば、敬愛する坂東玉三郎の舞台を観たいと思っています。彼は古代からの芸術の頂点であり、一人の人間の中に男性的な面と女性的な面を併せ持っています。彼には今までも何回も会って語り合っており、彼には人間ではないような、古代から来たような独特のバイブレーションがあります。現世では歌舞伎の女形ですが、輪廻転生を繰り返していて、10回は生きているのではないかと思います。彼こそは完璧な人間で、陰陽を併せ持っています。初めて彼を観たのは、ジョルジュ・ドンと彼が共演した時で、それは私がベジャールのカンパニーに入団した年でした。(1987年)その時私は彼に恋して、初めて会ったのです。彼は天から舞い降りた聖なる存在、不死鳥だと思いました」

 

 多様なバックグラウンドから生まれた唯一無二の独特な感性を持ち、豊かな発想の源を持つパトリック・ド・バナ。深い人間性と温かみが会話の中から伝わってくる。彼が古代生物に命を吹き込み奏でるハーモニーには忘れがたいインパクトがあり、鮮烈だった。

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 Starring: Patrick de Bana 

 Headpieces: Masakatsu Shimoda 

 Photographer: Yumiko Inoue 

 Stylist: Aya Fukushima (OTUA) 

 Make Up: Itsuki (UM) 

 Interviewer: Naomi Mori 

 Art Director: Yuichi Ishii (OTUA) 

 Special Thanks: Aichi Prefectural Art Theater 

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パトリック・ド・バナ(Patrick de Bana)

ドイツ、ハンブルグに生まれる。ハンブルク・バレエ・スクールで学び、1987年ベジャール・バレエ・ローザンヌに入団、間もなくプリンシパルに。92年にスペイン国立ダンスカンパニーに移籍。ナチョ・ドゥアト、イリ・キリアン、マッツ・エック、オハッド・ナハリンなどの作品でプリンシパルとして活躍。2003年自身のカンパニー“ナファス・ダンス・カンパニー”を設立。トルコ、オランダ、キューバ、イスラエル、オーストラリア、ロシア、中国など世界中で活動を行う。その創作活動のフィールドは瞬く間に世界各国に広がり、マニュエル・ルグリ、アニエス・ルテステュ、オーレリ・デュポン、イワン・ワシーリエフ、スヴェトラーナ・ザハロワなど数々のスター・ダンサーに作品を提供。ウィーン国立バレエ、中国国立バレエ、東京バレエ団など多くのカンパニーに招聘され作品を創作している。カルロス・サウラ監督の映画「イベリア 魂のフラメンコ」「ファド」にも出演している。近年の振付作品には、マニュエル・ルグリとイザベル・ゲランに振り付けた「フェアウェル・ワルツ」、15年、上海バレエ団に創作した「Echoes of Eternity」、「ジェーン・エア」のほか、スヴェトラーナ・ザハロワに振り付け、共演した「レイン・ビフォア・イット・フォールズ」、イワン・ワシーリエフに振付けた「・・・Inside the Labyrinth of Solitude」など。また、上海ワールド・ガラの芸術監督を務めるなど、新たな活動にも積極的に取り組んでいる。2012年には「マリー・アントワネット」で、13年には「Windspiele-Windgames」でブノワ賞にノミネートされた。

下田昌克(しもだ まさかつ)

1967 年、兵庫県生まれ。絵描き。1994 年から 2 年間、旅先で出会った人々のポートレイトを色鉛筆で描き始める。2011 年よりプライベートワークで ハンドメイドの恐⻯の被り物を作り始める。2018AWのメンズコレクションのショーにてコム デ ギャルソンがそのヘッドピースを採用してパリコレデビュー。近著に『恐⻯人間』(パルコ出版)『恐⻯がいた』(スイッチ・パブ リッシング)など。

​<下田昌克 新刊情報>​

絵本「死んだかいぞく」(ポプラ社)1月に発売予定。​

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