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© 2018 by Alexandre Magazine

Issue 008  佐東利穂子

新しい声を放つ

 日本人として唯一パリ・オペラ座バレエに振付作品を3度提供し、ヨーロッパを中心に年の半分近くを海外で活動して既存のダンスの枠組みでは捉えられない先鋭的な表現を追求し、国際的に高い評価を得ている振付家/ダンサーの勅使川原三郎。その勅使川原率いるKARASのダンサーとして、20年以上勅使川原と活動を共にしているのが佐東利穂子である。勅使川原作品の振付助手を世界中で行いつつ、ダンサーとしては唯一無二の、刃物のような鋭利さと強靭さから空間に溶けていきそうな浮遊感まで表現できる鮮烈な個性を持つ。その踊りは、一度観たら決して忘れられないほど衝撃的な体験である。

 

 佐東は近年、ソロダンサーとしての海外公演も行うなど、独立したアーティストとしての活動の領域を広げている。今年、振付家として初めての作品「泉」を発表し、勅使川原の影響を感じさせつつも、彼女独自の世界観で詩的かつ現代的な個性を発揮させて高い評価を得た。早くも「泉」はパリで再演され、振付家としての活動を本格的に開始した。

 幼少期から少女時代まで父親の仕事の都合で英国、米国で過ごした佐東は、大学でもスペイン語と言語学を専攻し語学が堪能であることもあって、ボーダーレスな活躍を見せている。長年ダンサーとして活動する中で、その身体性はさらに研ぎ澄まされ、信じがたいほどの強靭さとしなやかさ、エネルギーを放って留まるところを知らない進化を見せている。彼女を突き動かすものは一体何なのだろうか、その秘密を探るべく、KARASの拠点である東京・荻窪のKARAS APPARATUSで佐東に話を伺った。

家という感覚がない、旅する人生

 

 実は筆者は、佐東とほぼ同じ時期に、ロンドン郊外の同じエリアに住んでいたことがあった。少し年齢がずれていることもあって当時は出会っていないが、佐東の持つボーダーレスでヨーロッパ的な感性には共感を覚える。少女時代を海外で経験したことは佐東にどのような影響を与えたのだろうか。

 

 「子どもだったので自分のアイデンティティはあまり考えていなくて、逆に順応性が高かったと思います。その当時のイギリス人って日本のことを全然知らなかったりするし初めて見る、みたいな感じでした。アジア人に対して差別があるように思えても、単によく知らないだけで、よく知ってみれば実際はそういうつもりはなかったようでした。向こうでは馴染んでいたのですが、日本に帰ってきた時は少し大変でした。イギリスでは小さな町に住んでいたし、日本語が下手になっていました。日本の小学校ではやるべきことがイギリスに比べて多かったですし、戸惑いもありました」

 

 「外国というだけでなくずっと転々としていたので、どこが家という感覚がないというのは確かなことでした。国というよりは、場所的に自分が戻るところが自分にとって明確ではなくて、結局今も同じような生活を続けています。自分の一生そういう感じなのかな、と思います(笑)

私の中ではイギリスの印象が一番強くて、それは年代的にもいろんなことを感受しやすい時期だったからだと思います。イギリスって他のヨーロッパの国と比べて保守的だし、閉鎖的で遅れているところがあるのは今も感じます。ただ、自然が自然のままで豊かに身の周りにありました。

そしてイギリス人は人のいいところをみつけてあげようとするところが強いから、学校でも、何かやったことがちょっとでも良かったらもっとやってみるといいよ、とよく鼓舞されました。そういう意味では良い環境だったと思います。私は器械体操をイギリスで始めたのですが、体育の授業でたまたまやっていたことを褒められ、もっとやるといいと勧められました。音楽でも笛を吹いたら、すごくいいからもっとやってみたらと言われました。音楽好きな子は授業を抜け出して音楽の勉強ができるところに行っていいことになっていました。

日本にいた2年間はそんなに嫌ではなかったのですが、その後アメリカに行ったときにはなじめなくて、日本に帰るのが待ち遠しく、ひたすら我慢でした。その後日本に帰ってきたら今度は英語を忘れ始めましたが、近所にいた帰国子女のお姉さんのところに毎週通って、一緒に本を読むことを続けていたおかげで今もこうやって英語を仕事で使うことができています」

価値観をひっくり返された、キューバでのクリエーション

 

 昨年、勅使川原と佐東は、日本からキューバへの移民120周年を記念した国際交流基金の事業で、キューバに滞在。英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして活躍したカルロス・アコスタ率いるダンス・カンパニー、アコスタ・ダンサに新作を振付け、また彼ら自身のデュオ作品『ロスト・イン・ダンス』も踊った。二人にとっては人生観も変わるような滞在だった。

 

 「去年キューバで公演を行った時には、少しはスペイン語も役に立ちました。キューバのスペイン語は大学で習ったものと違っていて聞き取りにくかったのですが、面白かったです。年の半分くらいは海外にいますが、仕事で行っているとなかなかじっくり現地を見られません。海外で公演をしているとオフの日が一日あればいい方ですが、キューバでのように創作をして結構長く滞在する場合には少し文化に触れることができました」

 

 「私はヨーロッパに慣れていますが、ヨーロッパはどこに行っても同じようなものを見かけ、その国独特という感覚は以前より薄れているように感じます。キューバのように全く違うところに行くと常識が通じない、自分にとっての常識と違う価値観を色々と初めて経験しました。それは大人になってからはおそらく初めての経験で、根本的に価値観から違う人がいる、ということが面白かったです。社会的に違うところで育つと、あんなに考え方が違ってくるのだ、と。国がまだあまり開かれていないから文化や社会がそのまま保たれているのですね。

キューバのダンサーはみな身体的に優れていました。バレエの基礎がきちんとできていたし身体が強いからとても美しいダンサーたちでした。クラシック・バレエをやっているダンサーの方が、最初は堅く力が抜けないことがあります。でもだんだんわかってくると、勅使川原さんのメソッドと融合できます。緩めることと、本来持っている体の強さがあるので。キューバでは一か月に満たない位の期間でクリエーションを行いました。でも濃かった!彼らはその間他のことはやっていませんでした。それは貴重です。それだけに集中できる時間があると違いますね」

知らない身体に出会うのは楽しい

 

 勅使川原の右腕として活動してきた佐東は、アコスタ・ダンサだけでなく、パリ・オペラ座バレエ団や多くの海外ダンス・カンパニーにおいて、振付助手としても携わっており、またイタリアのダンス・カンパニー、アテールバレットへ自らの振付作品「Traces」を提供している、指導の喜びはどのようなところにあるのだろう。

 

 「私が自分の振付を行った時には、最初の創作期間はダンサーたちをそれだけに集中させてもらえたので、やりやすかったです。振付という形を与える前に、まずは身体の使い方や身体の感じ方で、共通に理解できることを創っていきます。それができるようになると、動きを最初から与えなくても、彼らがそれを利用して徐々に動けるようになります。動き自体を彼らの動きから作っていくこともできます。始めから用意していたものを使うのではなく、その人たちの身体の特性が出ますし、共有のメソッドを持つことでダンサーたちの理解度も深まりますし、創作のプロセスがよりスムーズになります。ダンサー個人の身体や資質によるところは多いです。今まで勅使川原さんの創作に関わってきたときも、メソッドは同じことをどこでも行いますが、結局はひとりひとりの身体がどうかで違います。知らない身体に出会うというのは楽しいです。何にも知らないところから身体が変わっていくというのを見ることが。ただ教わっているという段階から、何か自分の身体で感じ始めると、ダンサーたちの顔が変わってくるのです。内側から集中するとか、面白みを感じるとか、内的に充実している状態で、その姿や顔はとても美しく、みていて嬉しくなります。最終的な形はもちろん大切ですが、それよりもこういうプロセスが興味深いと私は思っています」

この身体でどうやって動けるかということで創ってきた身体

 

 佐東利穂子のダンスは、一度観たら決して忘れられない強烈な体験である。長くしなやかな手脚から繰り広げられる螺旋のような回転は、残像を残しながら光の渦のようになっていく。まるで重力がないような浮遊感やこの世のものではない幽玄さを醸し出すこともあれば、パワフルなビートに乗って極限まで自分を追い込むように踊りの中に我を忘れる境地にまで至ることもある(『ロスト・イン・ダンス』)。こんな踊り手は世界中探しても他にいないだろう。『惑星ソラリス』の中に登場する、主人公の死んだ妻のコピーとして存在する『ハリー』、ドストエフスキーの『白痴』での優雅で誇り高い貴婦人ナスターシャ、『トリスタンとイゾルデ』の運命の恋人イゾルデ…様々な女性像を舞台上で生きることができる表現力の持ち主でもある。バレエを学んだことがなく、大学生になってからダンスを始めた佐東は、どのようにして今の身体性を獲得したのだろうか。

 

 「私は筋肉的にすごく恵まれているわけではないし、強いわけではないし、バレエの基礎もありません。自分が動けないところから、勅使川原さんのメソッドを教わって、この身体でどうやって動けるかということで創ってきた身体であり、そのための方法を見出していきました。そうじゃないととてもじゃないけど動けないのです。運動神経はそんなには良くありません。体操をやっていたというのも、身体が少しは柔らかくなる、というくらいで。自分が向いているのは、筋肉的に鍛えた運動というよりは神経で感じる、動く、ことです。

いつからどういう風に自分の身体や踊り方が変わったというのはないのですが、少しずつ、ある時期から何かを確かに感じられるようになり、少し楽に動けるようになっていきました。ちょっとずつそういう楽しみがありますね。気がつかないうちにそうなってきた、という感じです。それだけ日々の変化というのは微細でありながら、積み重ねていくことの確かさがそこにはあります。」

 

 「一人で踊ることや創作することにおいて、身体自体は変わりませんが、自分の意識の仕方とか、取り組み方に違いは確かにあります。人を見ることというのは結局自分を見ることになるし、勅使川原さんがいない時にも自分で様々なことを見極め、決断しなければならなくなりました、海外でずっと一人で創作をしていると、自分の身体を見続けることが嫌になることもあります。自分の癖など良くないところがより一層はっきり見えるし、疑いだらけで、ある意味気を抜けません。気分転換ということでは逃れようがないので、振出しに戻って、自分一人で稽古をするということを改めて試みる経験となりました。それは終わらない、一種の戦いです。」

振付とは、ダンサーを見て感じることを伝えること

 

 そして満を持しての振付家としてのデビューは、その完成度の高さと繊細な世界観、勅使川原の作品にもない要素を含んで観客や批評家をも驚かせた。振付活動を始めたからか、佐東の踊りまでもが、新しい声を獲得したかのように思えた。

 

 「今までは自分で創るというのはあまり考えていなくて、その理由も、踊ること自体の中で探すことや発見することがいっぱいあって終わりがないので、それで十分だと思っていました。でもずっと勅使川原さんに、自分で創るというのはまったく違うからいつかやるといいよ、と言われていました。まだその本当の意味は分かっていないと思うのですが。でもその両方をこれからやり続けるというのは面白い、と感じています。海外ではダンサーがある程度の年齢になると次は振付家、ととらえられるところもありますが、私はやはり踊るのが好きなので、私にとって振付家としての新たな創作活動は、踊ることの追求の別の形でもあると思います。自分がダンサーとして作品に参加している時にも、ダンスを創っているとか作品を創ることに関わっているという感覚がすでにありましたが、実際に作品を自分一人で創るという経験が今後どのような影響を自分に、そして自分のダンスに与えていくのか、とても楽しみです。」

 

 「ずっと勅使川原さんに振付をしてみては、と言われていたのですが、今はまだやりたいと思わない、と答えていました。ここ数年の間、勅使川原さん以外の人にも創作することを求められるようになり、機会を頂くことが偶然続き始めました。1作目を作る前から海外から依頼があって、とても嬉しかったです。なぜならそれは私が踊っているということ自体がダンスを創っているという見方をされているのだなと思ったからです。私の動き方を自分たちのダンサーに伝えてほしいのだと言われました。作品ということよりも、ダンスを共有すること、ダンサーを見て感じることを伝える、ということであればそれは好きだし、そこから何か発見できるのではないかと思って話を受けました。」

 

 「作品を創るのは、自分の動きを創ったり、振付指導をしたりするのとは全然違います。もちろんダンサーを見るのは好きだし、教えることもやっていたのですが、目的は全く違っていました。それがどこに向かうのか全く分からないでやることは初めてでした。確かに勅使川原さんが創作している時も、どこを目指しているのか私は最終的にはわかっていないので、ただひたすらダンサーたちを見たり、稽古をより良くしたりするということでやっていました。それがなおさら自分自身が創作するとなった時にどうするか。果たしてそれがどういう風に作品になるのか、という時に何のガイドもない事が面白かったです。こういう経験はしてみないとわかりません。意外に楽しみました。まだ終わっていないのですが、1回目の創作期間が終わって、もうすぐ仕上げをすることになっています」(インタビューの時点では「Traces」は創作途中だったが、記事公開時に初日を迎え、高く評価された)

 勅使川原の作品とはちょっと違う、佐東独自の感性はどこから生まれてきたのか。

 

 「勅使川原さんの影響はまともに全部受けているし、勅使川原さんからしかダンスを教わっていないのでそれは否定のしようのないことです。ですが、例えば勅使川原さんが二人のダンスについて、同じメソッドを基にしているのに「それでも違う」と言います。そのことを勅使川原さんは面白いと言って作品の中でも、『なんでそんなに違うんだ』と言って楽しんでいます。その違いということを自分の作品を創るときに、何が違うのか、何が自分の独自の感覚なのだろうかともっと考えるようになりました」

KARAS APPARATUSで創る作品が好き

 

 2013年に東京・荻窪にオープンしたスペースKARAS APPARATUSも6周年を迎えた。ここでは、アップデイト・ダンスシリーズと称し勅使川原による新作の8日間の連続公演が開催され、多い時には年間90回もの公演が行われている。手を伸ばせばダンサーに届きそうな親密な小空間で、息遣いを感じながら一流アーティストのパフォーマンスを堪能できる贅沢な体験ができる。このような試みは類を見ないものであり、ここからロシアやロンドン、パリへと旅立った作品も多い。

 

 「KARAS APPARATUSをもつ前は、踊る機会自体が今より少なかったです。海外ではツアーがありましたが、日本での公演は年に一回あるかどうかでした。大きい作品だとそのための準備に時間がかかりますし。本番の数も創作の数もアパラタスに来てから圧倒的に多くなって相当鍛えられました。ここで創ることも作品も私はとても好きです。本当に真っ黒というか真っ暗なところから、何かがわいてくるというか。私は海外にあるようなガラス張りの明るいスタジオは集中できなくてあまり好きではないのです。キューバもスタジオは外から丸見えで、近所の子供が覗いたりしていたので、上の小さいスタジオを使用していました。音や光、ビジュアル情報などが多すぎると身体のことに集中できないし、音楽の聴こえ方も違うし、そういう意味でもここアパラタスのような空間があるのは恵まれていると思います」

 

 KARAS APPARATUSでの公演では、勅使川原や佐東は終演後トークを行い、また退出する観客を笑顔で出迎えて、観客と会話を交わすこともある。世界的な巨匠であり近寄りがたいイメージの勅使川原が意外とトークが面白く、そしてクールに見える佐東が柔らかく話すことに驚く人も多い。

 

 「アパラタスは外の世界からだんだん離れていく場所ですからダンスに向き合うには最適です。毎日いてもいいと感じます。実際日本にいる時間の大半をここで過ごしています。毎日、お客さんが集中して観ているのを感じています。暗闇に潜んでいる皆さんの気配を。暗闇の質の違いもわかるようになってきたり、『静か』のように完全に無音の作品もあるのですが、あの無音状態は皆さんが作っているのですよね。お客さんが緊張しているのを感じ、空間が張り詰めていました。

ここはインターネットで偶然見つけたのですが、この場所を得て、公演回数が増えてとても嬉しい。踊る機会が、特に日本で踊ることが増えて。

稽古をしていて、すごくいい瞬間が生まれることは何回もあるのですが、結局その時作品を創っているのではないと、その時だけのこと、となってしまいます。そこで起きたことをすぐその場ですくい上げて作品にしていくことは稽古場だけではなかなかできなくて、公演をできる場があり、観に来てくださるお客さんがいて初めて作品が成立します。やはり舞台に立つ人間にとって、本番はとても大きい経験です。

そして、ここを持って初めて皆さんの顔や声を知ることもできました。普通にお客さんとしゃべるようにもなりましたし、お客さんの方も、最初は私たちが皆さんを送り出すためにホワイエに立っていると緊張されていましたが、何回も来られる方は普通に感想を言ってくださったり、交流もできていいですよね。終演後にマイクを持って話をするなんて夢にも思っていませんでした」

ダンスと創作によって、自分の中のものがひとつになっていく感覚

 

 勅使川原三郎の作品は、『月に吠える』『白痴』『シナモン』など文学、『月に憑かれたピエロ』『平均律』『シェヘラザード』など音楽、『トリスタンとイゾルデ』『ペレアスとメリザンド』などオペラ、はたまた映画や美術など様々な芸術に触発された作品が多い。香水を愛する佐東のためのソロ『パフューム』もある。KARAS APPARATUSで飾ってある花は佐東が活けたものであり、場内に香るアロマも彼女の調合によるものだ。また勅使川原による個性的なドローイングや写真がギャラリーに飾られている。どのようなものが佐東にインスピレーションを与えているのだろうか。

 

 「ダンスが生活のすべて、というわけではありませんが、ものを創ること、創作、はある意味ではそうかもしれません。でも結局あまり変わらないというか、いろいろなものを普段見る感覚でそのままダンスに向き合えるという生き方もできます。若い頃は自分の中のものがひとつになっていないという思いがとても強くて、やりたいことと現実といろんなことがちぐはぐになっている感覚で、欠落しているような、過剰すぎるような、ということを感じていたのですが、そういうことがこの場所を持てたことで、なおさら一つになっていくという感じが近いと思います」

 

 「勅使川原さんとは、お互いにインスピレーションを与える様々なものについて、いつも話しています。小説、文学にしても音楽にしても。好きなものとして、趣味としてそういうことを話したり共有したりします。ダンスを始めた頃は、すごく好きとか大事だと思っているものが、ダンスになりうるなんて思ってもいませんでした。

アパラタスを持ったことでダンスの様々な可能性を感じます。言葉をダンスにするとか、ダンスを言葉にするのもそうだし。私たちが持っている言語はダンスだけど、その言葉を持って色々な題材と出会える、ということが面白いですね。単に新しいことに、というだけではなく、自分が好きなものとか衝撃を受けたものというのは変わらず自分の中にあり続けて、それらともう一回新鮮に出会い直すという感覚なのだと思います。何かすごく大事なものを新鮮に見られたり、違う風に感じられたり、そういう豊かさを感じます」

 

 「今後、作品にしたいテーマはあります。まだ方法を自分で探っているところですが、自分が惹かれること、興味があることはどうやったら作品になりうるのか、これからいろいろ試みてみようと思っています。私の興味も勅使川原さんと重なるところが多いのですが、だからこそそうじゃないところを自分で探らなければならないと思っています。すごく近いところではないところで共有したいところも多いので、自分の独自性や興味の先をもっと探っていきたいです」

食べたいものを食べて踊って健康に、身体の可能性を最大限に

 

 そんな佐東には、意外な趣味兼特技がある。料理だ。健康のためということもあるが、料理することが気分転換になっているという。KARASのメンバーのために手料理を振る舞うこともあるそうだ。

 

 「仕事を離れて時間を過ごすこともたまにあります。長い時間離れられなくても、ほんのすこしの間でも自分だけの時間や世界をつくってしまう、ということはよくあります。それはこういう生活をしているおかげですごく上手になっているのだと思います。ツアーに行っていると、特に創作などで滞在が長い時は、料理をします。好きなものを好きな味で作ってしまいます。海外で変わった食材があると買って試してみます。美味しいものを外で食べたら再現してみようとしたり、そんなことで満足しています。料理は気分転換になるし、仕事から離れられ、想像と創造の世界に入れます。ツアーの時には一番しやすい気分転換です。マーケットに出かけて食材を買ったり、こんなものがあるという驚きも感じたり。キューバでも、外ではあまり食べなくてローカルな八百屋さんで野菜を買って自炊していました。」

 

 細くしなやかで強靭な佐東の肉体。1時間踊り通しのソロを踊りぬく体力と、壮絶なまでのスピード、鋭さを生み出す身体能力はどうやって培われたのだろうか。

 

 「基本食べたいものを食べるのが私は一番健康に過ごせます。私にとっては必要なものを食べ、必要なことをやるのが一番です。それがその時の身体が一番求めていることのようです。毎日稽古をしてコンスタントに動いている方が体調はいいです。作品では1時間出ずっぱりのこともありますが、稽古の時間はもっと長いですから。勅使川原さんのメソッドでは身体の中のエネルギーが有効に循環するので、全て使い切ってしまってはもたないですが、どこかで緩めるところをつくったり、緩めることでまた力を得たり、呼吸のように循環して、エネルギーも循環して使えるようになる、そういうメソッドだと思います。こんなこと、体力的にできるわけがないでしょう、と思うようなことも身体が有機的になるとそれも可能になります」

 

 「勅使川原さんは、自分は省エネ派だと言っています。エネルギーの使い方が上手というか、抜くところはちゃんと抜いているからと。パリ・オペラ座のダンサーたちも、あんなふうに長く踊ることはありませんからね。私は足が速いわけでもないし体力があるわけでも全然ないのに、このメソッドによってダンスで今やっていることができるようになりました。その身体的基盤あって創作に向かえるのですね。自分の身体の可能性を最大限に生かせるようになる訓練です。その身体を素材としていろんな作品に出会えます」

ダンスによって、私の言葉を見つけ出し、私自身を開いていく

 

 踊り手としても、クリエーターとしても充実期を迎えた佐東が、これから向かっていく方向はどこなのだろうか。

 

 「『新しいこと』をやってみたい、とは特には思っていませんが、今の形を維持するだけではなくて、その先にあるのは何だろう、と探りたい。ここ(KARAS APPARATUS)ももともとなかったことで、今はそれが当たり前のようになっていますが、これから先、今やっていることをどうしていくのか、と考えています。ここで生まれた作品が、海外で上演されるようになったことも当初はまったく考えていなかったこと。ここで観た作品を(自分たちの劇場で)上演してくれと言われますが、そういう人が出てくることも、外国からのお客さんが来るようになったのも思いもよらないことでした。ここが出発点であることは変わらないと思います。

まだ言葉にできていないことが、形になっていくところを見つけたいと思っています。自分が大事にしているものは当然あるのですが、逆に全然思いもしなかったものに出会ってみたい。いいと思っていることや大事にしたいと思っていたものだけではなくて今はまだその外側にあるもの、に出会いたい。結局ダンスは自分だけで孤立しているのではなくて周りのものがあって初めて成り立つので、自分の外側にそういうものを見いだせることの面白さを追求したいです」

 

 「ダンスを始めてから、自分は、ダンスじゃないところでも、言葉を探し出し、見つけられるようになってきました。もっと何かを言いたくなってきたし言えないことまでも言葉にしようとすることを自然とするようになってきました。ダンスということが、ただ踊るという意味よりも、自分をもっと開けるようになるというか、脱皮する元になっています。もしダンスをしていなかったら、そのままだっただろうということが、身体を使ったことによって、開かれてきたり、広がってきたり、それが自分の言葉も欲することとなっていって、またダンスに影響していきます」

 

 「私はもともとダンスを見てやりたいと思ったわけではありません。知る前、見る前にダンスをやろうと思ってしまったのです。

勅使川原さんの舞台は観て初めていいなと思ったダンス作品で、それを観たのがきっかけでワークショップに行ったことによって、自分の身体と初めて向き合い、意識するようになりました。そのことが本当のダンスとの出会いでした。最初は重くて苦しくてどうにも動けなかったのですが、だんだん面白くなってきました。その重さも動きにくさもすべてが新しい感覚との出会いの素になっているから、それを楽しめるようになってきたのです。楽しんでいるうちに自分の身体をもっと扱えるようになって、それを手段に自分の言葉を持てるようになっていきました。私は他のダンスのことは全然わからないのですが、一つのことをずっと追求し続けることで開かれてきたのだと思います。自分自身の身体がどういうものなのかということは誰も教えてくれませんが、勅使川原さんの元で学んできたメソッド、ダンスでは、そのことを学ぶことができ、だから私は自分の踊りができるようになってきたのだと思います」

 

 創作という武器も手に入れた、佐東利穂子。これからどのようなとてつもないアーティストへと進化し続けるのだろうか。孤高のイメージとは裏腹に、繊細でありながら率直で、フェミニンで、ざっくばらんな彼女は、実に魅力的な大人の女性だった。

PHOTOGRAPHER/VIDEOGRAPHER: 井上ユミコ

HAIR AND MAKEUP: ITSUKI at UM

INTERVIEWER: 森菜穂美 

SPECIAL THANKS : KARAS                

佐東利穂子(さとう りほこ)

1995年からKARASワークショップに参加。1996年より勅使川原三郎振付の全グループ作品に出演。刃物のような鋭利さから、空間に溶け入るような感覚まで、質感を自在に変化させる佐東のダンスは、身体空間の新たな次元を切り開く芸術表現として国際的に注目されている。

 

2005年ローマ初演の「Screem and Wisper」で仏・伊のダンス雑誌「Ballet2000」の年間最優秀ダンサー賞、2012年には日本人で初めて第40回レオニード・マシーン賞、2018年に芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した。

 

佐東が踊るソロ作品は、世界中で公演を行い高い評価を得ている。2009年初演、勅使川原ディレクションによる自身初めてのソロ作品「SHE-彼女-」は、現在もヨーロッパを中心に世界で上演が続いている。他に「パフューム」「ハリー」(小説「ソラリス」より)、そして活動拠点のカラス・アパラタスでのアップデイトダンスシリーズでもソロ作品が多数ある。勅使川原のダンス・メソッドを深く理解し、その衝撃的に美しくしなやかなダンスは特別な存在として支持され、近年各地で熱狂的な反応を巻き起こしている。

 

佐東と勅使川原とのデュエット作品は世界中で高い評価を受けており、「オブセション」(2009)、「静か」(2016)、「白痴」(2016)、「トリスタンとイゾルデ」(2017)は日本のみならず海外でも上演され、熱狂を引き起こした。勅使川原のオペラ作品では、パリ・シャンゼリゼ劇場での「SOLARIS」(2015)、そして2016年あいちトリエンナーレでの「魔笛」に出演し、「魔笛」ではダンスと共にナレーションも担当した。

 

勅使川原の創作の振付・演出助手としても、KARAS作品のみならず、パリ・オペラ座バレエ団「Grand Miroir」(2017)、「闇は黒い馬を隠す」(2013)、イエテボリ・ダンスカンパニー「Tranquil」(2016)などで活動。そして2019年4月には自身初の振付作品「泉」を発表し、パリでも上演された。またイタリアのバレエ団アテールバレットへ振付作品「Traces」も提供するなど、振付家としての活動も本格始動した。

​<佐東利穂子 出演情報>​

  • 「Lost in Dance」ストックホルム公演

演出, 照明:勅使川原三郎

出演:勅使川原三郎, 佐東利穂子

日程:9月26,27日

劇場:Dansens Hus

公演webページ:https://dansenshus.se/en/event/lost-in-dance/

 

  • 「幻想交響曲」パリ公演

日程:10月4日

劇場:フィルハーモニー・ド・パリ

演奏:リヨン国立管弦楽団

ダンス:勅使川原三郎、佐東利穂子

公演webページ:https://philharmoniedeparis.fr/fr/activite/concert/20497-teshigawara-sato-symphonie-fantastique?date=1570213800

 

  • 勅使川原三郎×東京バレエ団「雲のなごり」

日程:10月26日(土)14:00

日程:10月27日(日)14:00

劇場:東京文化会館

演出, 振付, 照明, 美術:勅使川原三郎

出演:佐東利穂子

     沖香菜子、三雲友里加、柄本弾、秋元康臣、池本祥真(以上東京バレエ団)

公演webページ:https://www.nbs.or.jp/stages/2019/teshigawara/index.html

 

・アップデイトダンスNo.66 「新作」

日程:11月2日(土) 16:00

日程:11月3日(日) 16:00

日程:11月4日(月) 20:00

日程:11月5日(火) 20:00

劇場:カラス・アパラタス

演出, 照明:勅使川原三郎

出演:勅使川原三郎、佐東利穂子

公演webページ:http://www.st-karas.com

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