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© 2018 by Alexandre Magazine

Issue 001 酒井はな <前編>

​奔放さを築くもの

 1997年の新国立劇場こけら落とし公演『眠れる森の美女』で主演して以来21年、日本を代表するプリマ・バレリーナとして活躍する酒井はな。28歳の時に同劇場の契約ダンサーから登録ダンサーに移行して実質フリーランスとなる。以降、クラシック・バレエも踊り続けつつ、劇団四季へのゲスト出演や、夫である島地保武(世界的な巨匠ウィリアム・フォーサイス率いるザ・フォーサイス・カンパニーで長く活動し、現在は多方面で活躍中のダンサー、振付家)とのユニット「アルトノイ」ではコンテンポラリー・ダンスを踊っている。また能楽師津村禮次郎とのコラボレーションなど活動の幅はどんどん広がっている。30代後半で引退するバレリーナが多い中で、40代の酒井は体力的にハードな全幕の古典バレエで主演しながら、新しい表現に挑戦し続けて、唯一無二の存在感を光らせている。2017年には紫綬褒章を受章した。

 酒井はなは、精密なクラシック・バレエの振付を踊るための鍛錬を欠かさず、自己管理を厳しく行い、たゆまぬ努力を重ねているが、一方で何でも受け入れる自由な精神と地に足の着いた、話しやすく明るい雰囲気の持ち主。インタビューに先駆けた撮影では、ヘアメイクやスタイリストの大胆なアイディアをおもしろがり、彼女自身のアイディアも加えて、まるで一つの作品を創造し即興で振付けたパフォーマンスを繰り広げているような、奔放な一面を見せた。あえてクラシック・バレエで厳格に決まっているポジションを外したポーズを取っても、端正な美しいフォルムができあがる。

 「撮影は楽しかったです!こちらとしてもいろいろと考えてクリエーションをしていく感じでした。主人(島地保武)の影響が大きいと思います。彼は即興を得意とするダンサーで、同じことはしないということを日々やってきています。バレエの場合は、同じことを毎日毎日繰り返し積み重ねることで最高のクオリティに到達しようとします。そういうやり方をしていた私にとって、彼のような日々変化を求める姿勢は概念を打ち砕かれるものでしたね。こういうクリエーションもあるんだ!と。新たな世界を教えてもらえました。毎日作られているんだけど壊して、また積み上げるけど壊して、と本番に向けて行く。そういう精製の仕方で本番に向けて行くのです」

 撮影の様子を見に、忙しいスケジュールの間を縫って顔を出して撮影も手伝った島地とは、インタビュー中にも電話がかかってくるほどの仲良し夫婦だ。

 

「今日の撮影でも、“いいんじゃない”と皆さんがフェアに言い合える状態だったから、それはとても素敵でした。特別な機会だったと思います。みんなでこうしてみよう、というのは新しい現場でした。こういった撮影は初めてでした」

 実は酒井はなのように身体のボキャブラリーが豊富かつ活動範囲がこれだけ幅広いバレリーナというのは、日本ではほかにいない。日本の若いバレエダンサーも、海外に出ようとコンクールに出場する時や、留学先で学ぶにあたって、現代作品を踊る力が不足していると評されることが多いのが現状だ。

 

 「バレエがベースにあるというのが大切なことなのです。それは帰る場所があるという意味です。クラシック・バレエが身体にあるから、崩してみたり、いろんなことにトライしてみたりしよう、というのができます。実は自分でこうしたい、という欲は持っていませんでした。ご縁でいろんな方に出会うことが多くて、“やってみる?”と聞かれて“やってみる!”と答えてしまい、その結果作品を一緒に作ることになったりしました。多くの出会いに恵まれました。面白そうなことがあればやってみるという好奇心を持っていることが根底にあるのだと思います。クラシックをベースに踊ってきているけど、踊りの種類って古今東西多種あり、どれもポジションがあったり伝統があったりいろんな踊りがあるけれど、踊りは踊りでしょう、と。私は踊り手として生きているうちは、何にでもチャレンジし、踊りを通じて歴史や文化を身体で感じてみたいと思っています」

 「なぜ踊りが生まれたか、というとそもそもは神事、例えば自然への感謝や畏怖、死者への祈りだったり。それはどこの国でもそうなのです。その神聖な部分というのはどんなジャンルでも変わらない気がしています。なぜ踊るのか、ということに対しては、ある種の祈りであるという感覚でいつも踊っています。簡単に言えばただただ踊りが好きなのです。好きなのですが、歳を重ねて、キャリアを重ねて、だんだん“私はこう踊りたい”というのがさらになくなってきたんです」

 そんな自由な精神を持つ酒井はなのできるまで、とはどんなものだったのだろうか。

 

「母がバレエ好きだったので、5歳からバレエを始めました。“こういうの、やってみない?”と言われて“やってみる!”と。見学をして、とても楽しかったのですぐやる、と言いました。すぐに森下洋子さんの舞台を観せてもらって、私、バレリーナになる、と言ってここまで来た感じです。踊り紡いだ結果というか。最初にポワントを履いた時にひどく痛くて、“母さんちょっと痛すぎて無理”って言ったのですが、だまされたと思ってもう一回履いてごらん、それで痛かったらやめたらと言われてもう一回恐る恐る履いたら、痛くない!と。お母さんは凄いなと思いました。その幼い時にもう踊るのは無理かも、と一瞬思ったことが唯一、最初で最後の壁だったかもしれません」

 

 普通のサラリーマン家庭で育った酒井だが、その母は、ユニークな存在であるだけでなく、彼女がバレリーナとして、アーティストとして育っていくうえで最大の支援者であり、また人生の師でもあった。

 

 「母と私は一卵性双生児というくらい以心伝心でした。性格は似ていないのですが、子どものことをとても客観的に見てくれていましたし、とても冷静で周りに流されない強い人でした。踊り手として、どうすべきなのかを思慮してくれ、実践してくれた最高のサポーターでした。その結果、今の私がいると思っています。私が新国立劇場でプリマになってしばらくした時に、母が“実はね、お母さん女の子が生まれたらバレリーナにしたかったの”と言ったんです。そうだったのか!今、この時になって初めて言うのね、と思いました。実は母の夢でもあったんですね。いろんなことにチャレンジするのも母の影響です。一人のダンサーとして、芸術家として付き合ってくれていました。その想いが繋がって、今舞踊家として活動できることは本当に幸せなことだと思っています。」

 今年3月には、日本バレエ協会で、古典バレエの精髄である『ライモンダ』全幕に主演した。酒井は輝かしいオーラを広い会場の隅々まで放って、最強プリマ・バレリーナぶりを再発見させた。主役の姫にはソロがたくさんある、クラシックの中でも飛び切り肉体的にハードな作品である。一方で島地保武と最近、その時にラジオから流れるニュースを基に即興で踊るという実験的な作品を創作し、パフォーマーとしての新しい側面を見せた。その輝きを見せる秘訣と、秘められた精神性とは。

 

 「作品にもよります。古典を踊るときには古典のシステムがあるので、とにかく的確に丁寧に踊るのみです。それをすることが個性になるのです。このラインを針の穴に糸を通すように出すということが、表現になります。クラシックのポジションを、ここまで繊細にできるということに命を賭けている。精神的にも古典の全幕は大変です。『ライモンダ』全幕を踊りきったのは夢のようです。オーラがあると言っていただけますが、それを出すための方法というのはありません。自分としては、その役柄でそこにいるということに専念しています。あとは広い劇場でオーケストラがあって、ダンサーがいて、お客様がいてという場で、空間の中全部を満たすよう、上階のお客様までも届くようにと意識をしています。そのような表現ができるのってやはりキャリアのおかげだと思います。自分を出すのではなく、役であり、作品の世界を大事にしています。表現するにあたってあまり自分というものがないのです」

 「新作のクリエーションの場合には、自分の持っているバレエの言語、具体的にはラインとか、バレエらしさが個性になっていると思います。私自身もそれを出したがっているそうです。クラシックのラインを崩すのは怖いですが、一歩ずつやらなかったことを開拓するのも楽しいことですね。思いがけずひらめきや動きがパカッと出てくる時もあります。踊っている時には意識がありますが、不思議と自分の力ではない力、何かに導かれるようなものを感じる時があります。舞台の上にいる時にはそういう気持ちになります。いい舞台をするには、やはり日頃の積み重ねがないと、そのパカッと開くことがないので、毎回それをお見せできるように常々思っています」

 

「役を演じる時には、カルメンやジュリエットなどその役柄の人が私の身体を通るのを感じています。自分が入れ物になっているんです。『椿姫』だったら主人公のモデルだった人の人生がこんなに素晴らしかったんだ、ということを私が伝えられれば良いだけなのです。いい舞台になるように、私の身体を使って下さいということです」

 

「ストーリーのない作品については、演出家が要望するものに対して、とにかく誠実に、その作品を体現できるように努めています。はなさんに任せます、と言ってくれる作家も多いので、そういう時に、どれだけ自発的に提案できるのが腕の見せ所です。引き出しをたくさん用意したいと思っています」

 後編では、成熟期を迎えた酒井はなが、これからの活動で行っていきたいこと、そして舞踊手として、アーティストとしての想いや心意気を語ってくれる。

PHOTOGRAPHER: Yumiko Inoue

HAIR: Tetsu at SEKIKAWA OFFICE

MAKEUP: Itsuki at UM

VIDEOGRAPHER: Hajime Kanda, Aya Kawachi

INTERVIEWER: Naomi Mori

ART DIRECTER: Yuichi Ishii

酒井はな(さかいはな)

バレエダンサー/ダンス・ユニット Altneu 5才よりバレエを始め、畑佐俊明に師事。1988年橘バレヱ学校に入学、牧阿佐美、三谷恭三に師事。93年牧阿佐美バレヱ団入団、18才で『くるみ割り人形』主役デビュー。97年開場とともに新国立劇場開場バレエ団に移り、柿落とし公演『眠れる森の美女』にて森下洋子、吉田都と競演。以降同団プリンシパルとして数々の初演を含む主演を務める。優れた表現力と高い技術に品格の備わった、日本を代表するバレエダンサーのひとり。クラシックバレエを中心にコンテンポラリーダンスやミュージカルにも出演。2013年島地保武と共にダンス・ユニットAltneu<アルトノイ>を立ち上げ。レパートリーは古典バレエからN・デュアト、M・ゲッケ、C・シュクップ等の現代作品まで幅広い。2009年芸術選奨文部科学大臣賞、15年第35回ニムラ舞踊賞、17年紫綬褒章、18年第39回橘秋子賞特別賞ほか受賞歴多数。

【公演情報】

日本バレエ協会 関東支部 埼玉ブロック主催

「第30回記念 バレエファンタジー『ライモンダ』」

 出演 酒井はな、清水健太 他

 日時:2018年9月30日(日) 16:30開演

 会場:さいたま市 文化センター 大ホール

谷桃子バレエ団「創作バレエ・15」

『パリアッチ』

 演出・振付 伊藤 範子

 出演 酒井はな、三木雄馬、藤野暢央 他

 日時  2018年11月3日(土・祝)昼公演 13:30開演 夜公演17:30開演

 会場  新国立劇場 中劇場

第39回全道バレエフェスティバル・イン・サッポロ

『ドン・キホーテ』

 演出・振付 篠原聖一

 出演 酒井はな、福岡雄大 他

 日時 2018年10月14日(日)16:00開演

 会場  札幌文化芸術劇場 hitaru

KAAT DANCE SERIES 2018 

 さわひらき×島地保武「新作」パフォーマンス

 出演 酒井はな 島地保武

 日時 2018年11月23日(金)~11月25日(日)

 会場 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

Altneu 新作公演『失われないもの』

 音楽 坂本龍一 アルバム「async」

 演出・出演 酒井はな 島地保武(アルトノイ)

 出演 上原杏奈、平雛子、藤田彩佳、平間文朗

 日時 2019年1月9日(水) 10日(木) 19:00開演

 会場 仙台銀行ホール イズミティ21 小ホール

笠井叡 迷宮公演『高丘親王航海記』

 演出・振付・台本  笠井叡

 意匠・舞台美術・衣裳デザイン 榎本了壱

 出演  笠井叡、黒田育世、近藤良平、笠井瑞丈、上村なおか、岡本優、

        酒井はな 他

 日時  2019年1月24-27日

 会場  世田谷パブリックシアター

伝統と創造シリーズ vol.10『HANAGO-花子-』

演出・振付  森山開次

出演 酒井はな、津村禮次郎、森山開次 

日時 2019年2月22日(金)23日(土)24日(日)25日(月)

会場  東急セルリアンタワー能楽堂

Issue001 酒井はな <後編>
踊り心で舞う
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