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© 2018 by Alexandre Magazine

Issue 001 酒井はな <後編>

​踊り心で舞う

 日本を代表するプリマ・バレリーナ、酒井はな。バレエという枠を超えて幅広く活躍する彼女の、その軽やかな感性は、生まれ持ったものなのか、それともキャリアの中で身につけて行ったものなのだろうか。バレエをもっと自由にしたい、もっと自由なものであっていいというのが、酒井の思いだ。

 「とにかく踊ることが大好きで、そこからすべてが始まりました。好き、が私の原動力だし、私が存在しているのは、踊るためだと思っています。バレエは確かにとても厳しくて、やらねばならないことがたくさんあって、それに耐えられなければバレリーナにはなれません。ある種の強い想いや、根性や、どんな環境でも舞台を遂行する強い意志がないと務まりません。中学生のころ些細なことで落ち込んでいた時、母に、悩んでいることに時間を割いていたらもったいないよ、だったら良い踊り手になるための努力をするべきではないの?と言われ、あぁあそうだな、と。心配事があっても、唯一無二の踊り手をめざして自分に磨きをかけ、ただそれを積み重ね、やってきたように思います。めぐり合わせにも恵まれて、18歳で牧阿佐美バレヱ団で主役デビューを果たし、23歳の時に牧先生に導かれて、新しく誕生した新国立劇場バレエ団に入団、こけら落とし公演に主演するという幸運もありました」

 「私には留学経験がなく、純国産でありながら、プリマ・バレリーナとして幅広く活躍できていることに誇りを持っています。若い頃から、みんなと同じにはなりたくなかったし、こだわりが強い子だったので、子どもの頃から自分らしさ、こういう風に踊りたいというビジョンを無意識に持っていたように思います」

 島地保武のお下がりだという青いプリーツのトップスに身を包んだスレンダーな酒井の立ち姿は凛としていて、女優のような華やかな風格があるが、口を開くと親しみやすく、よく笑い、よく話す。バレエ教師としても定評のある酒井は大人の生徒たちにも慕われ、地方での公演にも生徒たちは遠征して観に来るというが、それは彼女の人柄にも魅せられているからというのがよくわかる。自分の想いは、きちんと正しく伝えたいという酒井は、インタビューも一度だけでなく、時間をかけてしっかりと、踊り手としてのスタンス、心意気をこまやかに、率直に語ってくれた。

 「私は実はあまりバレエに向いていない身体なんです。ターンアウト(股関節を外旋)させるのにとても根気が必要でした。私がここまで来るにあたっての、もう一人大事な師匠の畑佐(俊明)先生がいます。幼い時から今に至るまで約35年間指導を仰いでいます。師匠との出会いというのが大きかった。その中で先生が素晴らしいなと思うのは、めげずに導いてくれることです。できなかったことも諦めない、ずっと側で見てくれる指導者がいたことはとてもありがたかった。小さな癖を直すことも何年も掛けて指導してくださり、身体を変えることができました。身体と対話して、目指すイメージを持ちこうしたらきれいだということを発見し、美しくなることを目指して行くことができました。自分がこういう風になりたいと思うことは、自分が諦めなければ叶うんです。身体に関してもだし、想いに関しても、やりたいことに関しても、それを曇りなく信じられるかどうかです」

 

 「みんな夢があってそれに向かっていきますが、いろんな挫折がある。怪我があったり思うようにいかなかったり。自分が諦めなかったら、夢って絶対叶うんだよ、ということを伝えたい。私の人生において今も大切にしている教訓があります。“自分の置かれた環境で最善の努力をする”という言葉です。小学校の先生が教えてくださいました。どんな時もこの言葉を胸に進んでいます。無心に、自分のやるべきことを粛々と遂行していれば道が開ける、そう信じて。とにかく私は周りの人々に恵まれ、良い出会いに恵まれ、夢を叶えることができました。本当に幸せ者です」

 

 

 長年観客として酒井はなを見続けていると、若いころから完成度の高いバレリーナだったが、今が最盛期なのではと感じられる。高いバレエの技術に加えて、役柄への深い解釈、豊かな感性と舞台人としての生き方が踊りに現れてきており、同じ役を踊るにしても、より吸い寄せられるように魅せられるのだ。加えて現代作品で見せる鮮烈な個性と枠にとらわれないしなやかさも、多くを惹きつける。踊り手として充実期を迎えた酒井はなは、これからどんなダンサー、アーティストになっていくのだろうか。

「より良い、豊かな踊り手になりたいということはずっと模索し、追いかけていくことです。プラス年齢を重ねていくことにあたって、若い時にできたテクニックができないということが増えていきますが、表現力が深めていくよう、年々その時の自分がベストで踊れる作品に出会っていきたいなと思っています。クラシックについても、絶対に若い時より今の方がいいと思っています。もちろん若い時の方がジャンプ力があったり、脚が上がったりはしていましたが、歳を重ね、キャリアを積むことにより、その踊り手の歴史が踊りから見える瞬間が本当に素晴らしいし、面白いと思うのです」

 

「昔から変わらないのですが、この人たちと仕事をすること、この作品を踊ることがこれで最後になるかもしれないって思って取り組んでいます。年齢を重ねるとそれは特に感じます。若ければまた次のチャンスが巡ってくるかもしれませんが。このお客様に出会うことも二度とないかもしれないし、その時の自分の最高の状態をお見せしたい。一つ一つの舞台が一期一会です。誠意をもって舞台に立たなければならないと。次は二度と踊れないかもしれません。練習も本番に向けて、最善を尽くして調整します。だから失敗しても後悔はありません。自分ができるであろうことは全てして、ベストを尽くして舞台に出て、もしこれでこけたらそれは仕方ないと。もちろん転ばない方がいいですよ(笑)。若い時からこういう考え方でした」

 フリーランスで活動するということは、技術を維持するための日々のクラスレッスンを受ける拠点も自分で探さなければならないということである。そして日本ではダンサーの待遇が、西洋に比べ、しっかりした待遇を受けられるシステムがなく、また一方で踊りたい人は多い。フリーランスの女性バレエダンサーで、これほどまでに多くの舞台に立ち続け、活発な活動ができる人は稀だ。

 「大きなことは、28歳の時に新国立劇場バレエ団の契約ダンサーから登録ダンサーに移行したことです。ずっと新国立劇場のプリマの酒井はなとして知られて活動してきました。それが酒井はなという一人のアーティストになった時に、もっとちゃんと表現者として、守られた存在ではなく自分で自身の管理などもしていかなければならないと思いました。酒井はなとして、強い一人の踊り手としての力強さをしっかり持たなければならないと。昨年紫綬褒章を頂いて、私の道は間違っていなかったな、と嬉しかったし勇気をもらいました。新しい道を開拓できたと感じています。これから続く若い人たちの道が開けるようにできたらいいなと思います。ある意味、どうしてもバレエは西洋のものなので、西洋で勉強し活躍して、ということが多いのですが、純国産の私がどれだけ日本で踊り続け、活動し続けることができるのか、ということをお見せしたい。日本においてフリーランスでここまでできたというのは誇りに思っています。昨年はロンドンでダレン・ジョンストンの作品を踊りました。白い全身タイツで(笑)。40歳超えてからレオタード一枚の衣装が多くて、それもベージュ系。全身タイツを着る演目のオファーが来てくれるからまた頑張れるんですね(笑)。ありがたいことです」

 今日の撮影でも、白いレオタードにチュチュ姿の酒井はなの背中は孤高の美しさを放っていた。語りだしそうな、表情のある背中、筋肉と骨で時には白い翼が見え、ずっと見ていたいほどだった。

日本でも、海外でも、徐々に50代以上でも活躍を続ける女性ダンサーが出てきている。

 「今後もできるだけトウシューズも履いていきたい。これからいろんなことがいろいろ出てくると思うけど(笑)頑張って続けて行きたいです。50代を越えてもなお現役で素晴らしいダンサーがいらっしゃいます。すごいですよね。そういう先輩の背中を追いかけて努力していきたいです。これからも、自分の身体を大切に維持し、自分の踊りを豊かにしていきながら、前に進むことができたらいい。そういう心持ちで精進して生きていければと思っています」

 たゆまぬ努力を重ねている酒井はなが、日常自分に課しているルールとは?

「自分に対してのルールについては、島地と話していて、“はなさんはルールがないよね”という話になったのですが、一つありました。本番の日にはできるだけ鰻を食べることです。本番の朝に。半分を取っておいておにぎりにして、カステラにブランデーを付けておやつにするというのがルーティンです。私は14歳で『ドン・キホーテ』のキューピッド役でデビューして注目していただいたのですが、その時にも朝から鰻だったんです。それにおばあちゃんが持たせてくれたカステラを持っていったということがあって、それはお守りのようでした」

 芸術の持つ力というのを、酒井はどう考えているのだろうか。

 

 「人の生命活動には衣食住があればよくて芸術は不必要なのに、未だ失われることはないですよね。芸術は人の精神活動には不可欠で、生きる糧になっているのだと思います。芸術は私たちの創造力を刺激します。歓喜させられたり、挑発され苛立たせられたり、悲しませられたり、優しい気持ちになったりもします。わたしは舞台芸術に携わる身として踊りには人の心を動かし豊かにする力があると信じて活動しています」

 「下手でも、踊りたいんだ!という人の踊りってずるいって思ってしまうぐらい素敵ですよね。もちろん上手いに越したことはない。でも、踊りたいという心のある人は、ここにいるだけで本当に幸せなのだと感じさせてくれます。そういう表現ができるダンサーは少ない。私は踊り心をとても大切にして、とにかく踊ることを愛し全てに感謝して舞います。ダンサーの日々の努力は計り知れません。舞台上以外はとても地道に時間と労力を費やしています。また身体のケアにも意識的です。ダンサーは命を削り、舞台上の一瞬に懸けるのです。このような一瞬に立ち会う機会が増えるようになって、ダンサーが正当な評価をされるようになると同時に、さらに芸術に触れる人々が増えて行くことを願っています」

 

 

 酒井はなのしなやかで朗らかで自由な生き方が、日本のバレエ/ダンス界において、大いなる光となって若いダンサーたちを導いてくれるのでは、と希望を感じさせてくれた。自分に厳しく生きながらも、広い視野と大きな懐でアーティストとして飛躍を続ける酒井はなには、これからさらに多くの人々が魅せられていくことだろう。

PHOTOGRAPHER: Yumiko Inoue

HAIR: Tetsu at SEKIKAWA OFFICE

MAKEUP: Itsuki at UM

VIDEOGRAPHER: Hajime Kanda, Aya Kawachi

INTERVIEWER: Naomi Mori

ART DIRECTER: Yuichi Ishii

酒井はな(さかいはな)

バレエダンサー/ダンス・ユニット Altneu 5才よりバレエを始め、畑佐俊明に師事。1988年橘バレヱ学校に入学、牧阿佐美、三谷恭三に師事。93年牧阿佐美バレヱ団入団、18才で『くるみ割り人形』主役デビュー。97年開場とともに新国立劇場開場バレエ団に移り、柿落とし公演『眠れる森の美女』にて森下洋子、吉田都と競演。以降同団プリンシパルとして数々の初演を含む主演を務める。優れた表現力と高い技術に品格の備わった、日本を代表するバレエダンサーのひとり。クラシックバレエを中心にコンテンポラリーダンスやミュージカルにも出演。2013年島地保武と共にダンス・ユニットAltneu<アルトノイ>を立ち上げ。レパートリーは古典バレエからN・デュアト、M・ゲッケ、C・シュクップ等の現代作品まで幅広い。2009年芸術選奨文部科学大臣賞、15年第35回ニムラ舞踊賞、17年紫綬褒章、18年第39回橘秋子賞特別賞ほか受賞歴多数。

【公演情報】

日本バレエ協会 関東支部 埼玉ブロック主催

「第30回記念 バレエファンタジー『ライモンダ』」

 出演 酒井はな、清水健太 他

 日時:2018年9月30日(日) 16:30開演

 会場:さいたま市 文化センター 大ホール

谷桃子バレエ団「創作バレエ・15」

『パリアッチ』

 演出・振付 伊藤 範子

 出演 酒井はな、三木雄馬、藤野暢央 他

 日時  2018年11月3日(土・祝)昼公演 13:30開演 夜公演17:30開演

 会場  新国立劇場 中劇場

第39回全道バレエフェスティバル・イン・サッポロ

『ドン・キホーテ』

 演出・振付 篠原聖一

 出演 酒井はな、福岡雄大 他

 日時 2018年10月14日(日)16:00開演

 会場  札幌文化芸術劇場 hitaru

KAAT DANCE SERIES 2018 

 さわひらき×島地保武「新作」パフォーマンス

 出演 酒井はな 島地保武

 日時 2018年11月23日(金)~11月25日(日)

 会場 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

Altneu 新作公演『失われないもの』

 音楽 坂本龍一 アルバム「async」

 演出・出演 酒井はな 島地保武(アルトノイ)

 出演 上原杏奈、平雛子、藤田彩佳、平間文朗

 日時 2019年1月9日(水) 10日(木) 19:00開演

 会場 仙台銀行ホール イズミティ21 小ホール

笠井叡 迷宮公演『高丘親王航海記』

 演出・振付・台本  笠井叡

 意匠・舞台美術・衣裳デザイン 榎本了壱

 出演  笠井叡、黒田育世、近藤良平、笠井瑞丈、上村なおか、岡本優、

        酒井はな 他

 日時  2019年1月24-27日

 会場  世田谷パブリックシアター

伝統と創造シリーズ vol.10『HANAGO-花子-』

演出・振付  森山開次

出演 酒井はな、津村禮次郎、森山開次 

日時 2019年2月22日(金)23日(土)24日(日)25日(月)

会場  東急セルリアンタワー能楽堂

Issue001 酒井はな <前編>
奔放さを築くもの
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